第47話 覚悟 芝浦山手の場合
「お疲れ様でぇす!」
満面の笑みで、ムカつくくらい可愛く敬礼をする大庭。
その場所はあろうことか、城之崎の部屋のベッドの上。
状況が全く理解できない。
「大庭、なんでお前がここにいんだよ?」
僕は目の前の非現実的な光景に、やっとの思いで言葉を絞り出した。
すると大庭はベッドからぴょんと軽やかに降り立ち、悪びれる様子もなくにっこりと微笑んだ。
「光哉に頼まれたの、『芝浦が来るまで、留守番していてくれないか』って」
「城之崎に?」
「うん、それとね」
大庭は悪戯っぽく人差し指を立て、言葉に含みを持たせる。
「おばさま……光哉のお母さんからもお願いされてるんだ、『あの子のこと、よろしくね』って」
「え? 城之崎のお母さんからも?」
「そう、だから部屋の暗証番号もエントランスのもぜーんぶ知ってるんだ♪ 私、いつでも泊まっていいことになってるから」
驚きのあまり僕は声も出せず、ただ口をパクパクとさせることしかできなかった。
城之崎本人だけじゃない。
母親公認。
その事実は、僕の想像を遥かに超えてた。
そんな僕の様子を見て大庭は、追い打ちをかけるように尋ねてきた。
「ていうか芝浦くんこそこの間、この部屋に泊まったの?」
その言葉に僕はハッとした。
この部屋?
こないだ泊まったのはこんな部屋だったっけ?
……いや、そんなことより!
「そうだ! なんでお前が城之崎の部屋にいるんだよ!」
僕がそう詰め寄ると、大庭は不敵に笑い首を傾げた。
「ここ、光哉の部屋じゃないよ?」
「……え?」
マヌケな声が口から漏れる。
「ここはお客さんが泊まる時用のお部屋、まぁ今はほとんど私の部屋みたいなものだけど。光哉の部屋はあっち」
彼女が指差したのは廊下を挟んで反対側にある、もう一つのドアだった。
じゃあ僕が泊まったのは、城之崎の部屋じゃなくて……。
大庭も普段から使っている、この部屋に?
僕は今まで城之崎の部屋で介抱されたって、思い込んでた。
城之崎は一人暮らししているだろうから、ベッドがある部屋が城之崎の部屋だと思い込んでいた。
僕が呆然としていると彼女は実に性格の悪い、完璧な笑顔をこっちに向けた。
「ふふっ私たち、同じベッドで寝ちゃったね」
その言葉に含まれた、強烈な棘。
僕の中で感じていた『特別』さが、一瞬にして薄められていくような感覚。
僕はグッと言葉に詰まった。
すると彼女はふっと悪戯っぽい笑みを消して、ちょっとだけ真剣な表情になった。
「……まぁ、色々理由があるんだよ」
そう言って彼女は、ポツリポツリと語り始めた。
「光哉のお母さんね、多分あぁいうの苦手だから」
「あぁいうの?」
「うん、同性愛とかそういうの。本人が言ってた訳じゃないけど、きっと生理的に受け付けないんだと思う」
俺は黙って、彼女の次の言葉を待った。
「でもね、薄々気づいてるんじゃないかな。光哉がもしかしたら、そうなんじゃないかって」
「……」
「だから私と光哉がくっつけばいいって思ってる、幼馴染だし。そうすれば光哉も『普通』の道を歩めるし、お母さんも安心できるでしょ?」
それは……。
それは本当に正しいのか?
僕にはあまりにも歪んだ親心に思えた。
「そして光哉はそれに応えようとしてる、お母さんを悲しませたくないから」
城之崎が住んでいるこの部屋の豪華さに、城之崎は愛されているなと感じてた。
でもそんな単純な話じゃなかったことを思い知る。
「大庭は……大庭はそれでいいのかよ」
思わず、声が漏れた。
こんな誰かの思惑のために自分の気持ちを、人生を利用されるなんて。
僕には、到底耐えられない。
そんな僕の問いに大庭は、フワリと笑った。
それは夏祭りの夜に見たあの全てを見透かすような、どこか寂しげな不思議な笑顔。
あの時、大庭は何も言わなかった。
けれど、今回は違った。
「うん、いいよ」
はっきりと。
大庭はそう言い切ったのだ。
その声には諦めも、悲しみも感じられない。
ただ全てを受け入れた、静かで揺るぎない覚悟だけがあった。
……どうかしている。
素直にそう思っている自分がいた。
……いや。
相手が自分を愛せないと、わかっていても側に居たいという気持ち。
それなら、少しだけ……。
……。
重い沈黙が、部屋に落ちる。
その張り詰めた空気を破ったのは、玄関の方から聞こえてきた鍵の開く音と聞き慣れた声だった。
「ただいま」
城之崎だ。
その声に大庭は、ぱっといつもの太陽のような笑顔に戻る。
「おかえりー、光哉!」
彼女が元気よく答えると、部屋のドアがゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは城之崎と、その隣で少し緊張した面持ちの能田ちゃん。
そして。
「お邪魔ー」
その二人の後ろからひょこりと顔を覗かせた、もう一人。
金髪にピアス。
派手な出で立ちの知らない女。
「……え、どなた?」
僕の口から思わず、間の抜けた声が漏れたのだった。




