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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第42話 酔中夢 芝浦山手の場合

あれ?


僕は一体、何をしていたんだっけ?


深い水の中を彷徨っているように、意識がはっきりしない。


頭がフワフワして、考えがうまくまとまらなかった。


昨夜会社の皆と飲んで、大きな契約が取れたことを祝って。


それから二次会、三次会と流れて……。


そこからの記憶が酷く曖昧だ。


必死に思い出そうとするけど、今の頭ではどうにもならなかった。


あーでもないこーでもないと混乱していると、目の前にふっと人影が現れた。


城之崎だ。


相変わらずの無表情で、僕のことを見下ろしている。


なんだ、さっきの夢がまだ続いているらしい。


高校を卒業してもう2年も経つっていうのに、まだ夢に見るなんて。


本当に重症だな、なんてどこか他人事のように思った。


城之崎がこんな所にいるわけないのに。


「城之崎ぃー!お酒ちょーだい!」


僕は夢の中の城之崎に、甘えるように酒をねだっていた。


もうめちゃくちゃだよ、飲まなきゃやってらんないね。


「全く、どんだけ飲んだんだお前は」


城之崎は夢の中ですら少し呆れたような顔をして、渋々とコップを渡してきた。


「ほら、早く飲め」


中身は、水だった。


「あははー、お酒じゃないじゃん!」


なんだよ、夢の中ですら僕の思い通りになってくれないなんて。


そういえばこの間、能田ちゃんが熱心に語っていたな。


夢の中でこれは夢だってわかると、その夢の内容を自分の好きにできるって。


明晰夢だっけ?


よし、試してみよう。


「でもおいしかった、ありがとう……大好きだよ」


そう言って僕は、目の前の城之崎にキスをした。


うん、やっぱり夢だ。


現実のアイツが、こんなこと簡単にさせてくれるわけがないもんね。


それにしても僕って本当に未練がましいよね。


現実の城之崎は今頃、どこで何をしているんだろ?


そんなことを、とりとめもなく考えていた。




瞬間、唐突に頭を内側から巨大なハンマーで殴られたかのように割れるような痛みが走った。


「ぐっ! あ、たま……!」


なにこれヤバい、死にそう。


僕は頭を抱えてうずくまり、


「みず……」


とうめいた。


すると目の前にスッと、水の入ったコップが差し出された。


お母さんだ。


きっと僕を心配して、部屋に来てくれたんだ。


僕はなんとかその水を飲み干して、


「おかあさん、ありがと……」


そう掠れた声でお礼を言う。


これが、二日酔いっていうやつなのかな。


今後はもう少し、考えて飲まないとダメだね。


そんな反省をしながら、僕の意識は再び深い闇の中へと沈んでいった。


「ヤバい!仕事!」


ふと頭を過って、僕はベッドから勢いよく飛び起きた。


そこでハッと気づく。


あ、今日は日曜日。


会社は休みだ。


ホッとした瞬間。


ズキン、と脳天に鋭い痛みが走った。


まだ二日酔いは続いているらしい。


「いった……」


こめかみを押さえながら、僕はゆっくりと辺りを見回した。


あれ?


そういえば僕、今って一人暮らしだよな?


水をくれたのは、お母さんじゃない?


ん?


そこでようやく、自分が全く見慣れない景色の中にいることに気がついた。


白を基調とした、清潔で物が少ない殺風景な部屋。


僕の趣味とは全く違う。


本棚にぎっしりと詰まった、背表紙を眺めているだけで眠くなりそうな難しそうな本。


ここは、どこ?


混乱する頭で必死に記憶を辿っていると、部屋の隅から低い声がした。


「ようやくお目覚めか」


声がした方に目を向けて、僕は部屋の中に自分以外の人間がいることに初めて気がついた。


慌ててその姿を確認する。


そして、完全に固まった。


腕を組み壁にもたれかかって立っていたのは、極めて不機嫌そうな顔をした城之崎だった。


「な、な……なんで!?」


僕は裏返った声で叫んだ。


「俺の家なんだから、俺がいて当たり前だろう」


城之崎は心底呆れたというように、冷たく言い放った。


「ご、ごめん! めっちゃ迷惑掛けた!……よね?」


僕はベッドの上で正座し、深々と頭を下げる。


「……迷惑を掛けた自覚があるなら聞くが」


城之崎は温度のない声で続けた。


「お前は昨日の自分が何をやったのか、覚えているのか?」


正直に言った方がいいのか、誤魔化した方がいいのか。


一瞬迷ったけど、下手に嘘をついてこじれるよりはマシだろう。


「すみません、正直全く覚えてません……」


僕がそう言うと、城之崎は少し俯いた。


その表情が見えなくなる。


何かを堪えるような、長い沈黙。


やがて彼が再び顔を上げた時。


その目には疲れと、ほんの少しの怒りのような色が浮かんでいた。


そして、重々しく口を開いた。


「……本当に、酷い目にあった」


「え……」


あ、これはヤバいかも。


「これは、寿司だな」


「…へ?」


高校の時のしゃぶしゃぶが思い出された。


「無論言うまでもなくお前の奢りで、だ」


あまりにも唐突な言葉に、僕の思考はようやく追いついてきた。


「わ……わかったよ」


とりあえず頷く。


許す気はあるらしいと、胸を撫で下ろした所で城之崎はさらに追い打ちをかけるように言った。


「当然、回らない奴だぞ」


痛い、痛すぎるけど。


「はい、わかりました」


僕には断ると言う選択肢なんて、最初から無かったんだ。

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