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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第41話 Restart 城之崎光哉の場合

大学二年のAセメ、所謂冬学期の期末試験が終わり長い春休みが始まった。


桜の蕾も膨らみ始め、もうすぐ俺も大学三年になる。


そんな折、スマートフォンの画面に一件のメッセージ通知がポップアップした。


高校三年の時のクラス委員長からだった。


内容は、同窓会開催のお知らせ。


『皆様、いかがお過ごしでしょうか。さて、来る四月の吉日、高校三年一組の同窓会を下記の通り開催する運びとなりました』


メッセージアプリ『PINE』にわざわざ几帳面な文面で綴られたこの文言を見て、俺は思わず吹き出してしまった。


真面目なあの人らしい。


高校の時の知人で今でもたまに会っているのは、咲良と鷲那くらいのものだ。


正直3年生の時のクラスに、思い入れなんてものは微塵もない。


ひたすら大学受験という一つの目標に向かって、誰もが自分のことで手一杯だった。


そんな記憶しかない。


クラスメイトの名前と顔も、今では半分もおぼろげだ。


行く理由もないか、と俺はスマホの画面を閉じようとした。


だがふと、その指が止まる。


なぜだろうか。


脳裏をよぎったのは、受験勉強に明け暮れた高三の教室の風景ではない。


その一つ前の、高二の時の記憶だった。


体育祭の喧騒。


修学旅行の古都の空気。


放課後の文芸部室の静けさ。


そしていつもその中心にいた、あの男の顔。


……なぜ同窓会というのは決まって、高校三年の時のクラスでやるのだろう。


高三なんて受験のせいで、クラス全体の印象はひどく希薄だ。


……高二の時のクラスでやればいいのに。


あの頃は体育祭や文化祭、修学常旅行といったイベントが豊富で皆がまだもう少しだけ子供だった。


いやまあ、人によるか。


感傷的なのは俺だけなのかもしれない。


俺は小さく息を吐き、自分自身にそう言い聞かせるように自己完結した。


そして本当にただの気まぐれで、その同窓会の出欠確認フォームの『参加』のボタンをタップしたのだった。


後日。


同窓会は互いの近況報告、誰が付き合っただの誰が別れただのの色恋話に終止した。


結局何より、皆が二十歳を超えたので酒を飲む適当な口実が欲しかったと言うのが一番だろう。


いつもの俺であれば、間違い無く来なかっただろう。


だが一部の奴らは、前から俺と仲良くしたかったと積極的に話しかけてきた。


将来のコネを作りたいと、ビジネス的な下心を隠さない奴もいた。


相手が進学した大学を見て態度を変える奴。


そういう奴は俺の所で気持ちの悪い猫撫で声を出してきたので、漏れ無く少し手厳し目にあしらった。


なんだかんだ一次会は最後まで付き合ってしまったが、二次会は断った。


そして一人で飲み直す、酔いがいい感じになった所で帰ることにする。


夜風がアルコールで僅かに火照った頬に心地よい。


ほろ酔いのどこかふわふわとした足取りで、自宅へと続く夜道を歩いていた。


まさにその時だった。


不意に背後から、がばりと大きな体に抱きつかれた。


「うわっ!?」


突然のことに、俺は混乱し身構える。


アルコールの強い匂い、酔っ払いか。


「うひゃひゃ、つーかまえたー!」


耳元で呂律の回らない大声が響く。


せっかくのほろ酔いなちょっといい気分を台無しにされたのだ、半◯しにしても罰は当たらんだろうと拳を握ったその時。


「城之崎ぃー! 城之崎だろぉー!」


なぜ、俺の名前を?


混乱しながら相手の顔をよく見ようと体を捻ると、街灯の光に照らし出されたその顔には見覚えがあった。


いや、ありすぎた。


「……芝浦?」


「おー!やっぱり城之崎ぃ!ひっさしぶりぃー!」


スーツを着崩してネクタイを緩め、顔を真っ赤にしたサラリーマン姿の男。


それは間違いなく、芝浦山手だった。


芝浦に会うのは何年ぶりだろうか。


高校の時、いやほとんど話さなかった3年の時を考えれば実質的に高校2年のとき以来だったか。


コイツが進学しなかったのは、人伝に聞いて知っていた。


俺たちの高校はそこそこの進学校で、大学へ進学しない者は芝浦を含めてごく一部だった。


なぜ進学しなかったのか、その理由など俺が知る由もない。


「お前、なぜここに?」


俺が尋ねると芝浦は上機嫌に、しかし舌の回らない口調で説明し始めた。


「おれなー、きのーでっかい契約……とれたんだよぉ。そのお祝いに、部署のみんなと……のんでて、へへへ」


そう言って俺の肩に、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。


なるほど、社会人として働いているのか。


大きな契約とやらが取れたのは、めでたいことなのだろう。


だがそれにしても、泥酔しすぎだ。


「で、お前の会社の奴らはどうしたんだ」


「んー? かいさーん、した。……さっき三次会、終わって」


そう言っているうちに、芝浦の言葉は次第に途切れ途切れになる。


やがてその体から、すっと力が抜けた。


「おい、芝浦?」


返事がない。


聞こえてくるのは、静かな寝息だけだった。


俺の肩に全体重を預け、完全に寝てしまっている。


「……おい」


揺さぶっても、起きる気配は全くない。


どうする?


このまま放置して帰るわけにもいかないだろう。


こんな往来で寝ていたら、何をされるか分からない。


かといって、今の芝浦の家も知らない。


こいつのスマホや荷物を勝手に見て調べるのは、さすがに気が引ける。


鷲那?


いや、こんな夜中に叩き起こすのは論外だ。


咲良は……いやもっと面倒なことになる未来しか見えない。


他に任せられるような共通の知人もいなかった。


俺は大きく、そして深い溜息を一つ吐いた。


仕方がない、他に選択肢はないのだ。


俺は寝息を立てる芝浦の腕を、己の首に回す。


その長身を肩で支えるようにして、ゆっくりと立ち上がった。


高校の頃より、少しだけがっしりした気がする。


「……重いな」


小さく悪態をつきながら、俺は芝浦を抱える。


そして自分の家へと続く道を、重い足取りでなんとか歩いていく。




「疲れた……」


予想外に強いられた労働、いや介護のせいで身体が痛い。


だが俺が身体を休めるべき俺のベッドは酔っ払いに占領されてしまっている。


「城之崎ぃー!お酒ちょーだい!」


こいつはまだ飲むつもりなのか。


酔っ払いがなんか騒いでいる、五月蝿いので仕方なく腰を上げた。


「全く、どんだけ飲んだんだお前は」


これ以上酷いことになっても嫌なので、コップに水を入れて持って行く。


「ほら、早く飲め」


ごくごくと芝浦の喉が動く。


「あははー、お酒じゃないじゃん!」


芝浦はなぜか嬉しそうだ。


「でもおいしかった、ありがとう……大好きだよ。」


蕩けた目をした芝浦は俺の首に手を回し、俺を抱き寄せる。


唇に柔らかい感触と、不快な強いアルコール臭がした。


「は? 」


なんだこれ?


芝浦は俺のベッドで、なんとも気持ちよさそうに鼾を掻いている。


「……は? 」


不快なアルコール臭を伴うこれが、俺のファーストキスであると理解するのにはもう少し時間を要したのだった。

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