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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
高校生編
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第40話 不完全燃焼 芝浦山手の場合

「光哉ー! どこ行ったのー!?」


城之崎にプレゼントを渡す鷲那を見て呆然としていた僕は、大庭の大声に意識を取り戻す。


城之崎は少し困ったような、それでいて諦めたような顔で大庭を呼ぶ。


やって来た大庭は、鷲那を威嚇しながら城之崎の手を引く。


名残惜しそうな城之崎は、ズルズルと彼女に引かれていった。


結局、アイツと話すことはできなかった。


2人の姿が見えなくなったのを確認して、僕はまだその場に残っていた鷲那に声を掛けた。


今しかない。


「ちょっと、鷲那」


こちらに気付いた鷲那は、いつも通りの人懐っこい笑顔を浮かべて振り返った。


「芝浦先輩、どうかしました?」


「さっきなんで城之崎にだけ、別にプレゼントなんて渡してんだよ? 」


単刀直入に、ちょっとイライラを混ぜて問い詰める。


僕の言葉に、鷲那の顔からスッと笑顔が消えた。


それからちょっとだけ面倒くさそうな、それでいてどこか冷めた目に変わる。


「……なんか問題、あります?」


それは修学旅行の旅館で聞いた、彼の素に近い等身大の京都弁だった。


だがその声は、聞いたことがないくらい冷たかった。


「問題あるに決まってるだろ! どういうつもりなんだよ、まさか本気で城之崎のこと……」


僕がそう言いかけた瞬間、鷲那は呆れたように大きなため息をついた。


「あーめんどくさ」


その言葉に、僕は唖然とする。


「自分がそうやから言うて、相手もそうやろうって思うのはどないなんでしょうねぇ」


彼は静かに、でも確かなトゲを含んだ言葉で続けた。


グッ、と言葉に詰まる。


「もしみんなが全部同じに感じられるんやったら、そらある意味幸せなんかもしれへんと思いますけどね」


鷲那はそう、ポツリと呟く。


僕がその真意を測りかねているうちに、またいつもの人懐っこい笑顔に戻った。


「とにかく先輩!今日は本当に楽しかったです! また明日からもよろしくお願いしますね!」


そう言って彼は、ヒラヒラと手を振って今度こそ本当に帰っていった。


1人公園に残された僕は、彼の言葉を思い出す。


あれ? もしかして僕、煙に巻かれた……?


彼の言葉の真意は、結局分からないままだった。




冬休みが明けて新学期が始まると、学校の空気は大きく変わった。


3学期という言葉の響きが自然と『終わり』と『始まり』を意識させる。


教室には来たるべき大学受験への目に見えない緊張感が、日に日に満ちていった。


進路の話題が増えてみんなの会話も、


「どこの大学のオープンキャンパス行く?」


だとか、


「予備校どうする?」


なんて、どこか現実味を帯びてくる。


そうなると教室の空気も自然と体育祭や学園祭の頃の浮ついたものから、ヒリつくような真剣なものへと変わっていった。


何より、城之崎が勉強に集中する時間が格段に増えた。


休み時間も1人で黙々と、分厚い参考書を開いていることが多い。


その横顔は真剣そのもの。


周りの喧騒などまるで耳に入っていないかのように、見えない壁に覆われている。


別に話しかければいつも通り、短いながらも返事はしてくれる。


けど鬼気迫るほどの集中力で机に向かうアイツに、前までのように軽々しく声を掛けるのは誰にとっても相当ハードルが高かった。


もちろん、僕にとっても。


そして、運命の日がやってきた。


僕たちの学校はそこそこの進学校だ。


3年生になると、進路希望と成績を元にクラスが再編成される。


2年生最後のホームルームが終わって、騒がしい喧騒の中渡り廊下の掲示板に新しいクラスの名簿が張り出された。


僕は人混みをかき分け自分の名前と、そしてアイツの名前を探す。


心臓の音が、やけに大きく聞こえた。


結果は、残酷だった。


常に学年トップクラスの成績だった城之崎は、難関大学を目指す生徒だけが集められた『特別進学コース』、3年1組へ。


スポーツ推薦で有名私大への進学を狙う大庭は『特別スポーツコース』、3年3組へ。


そして能田ちゃんと僕は『通常コース』。


でもクラスは別々だった。


僕は3年6組、彼女は3年5組。


僕たちはあまりにもあっさりとバラバラになってしまったのだった。


かろうじて繋がっていた文芸部も、受験を控えた3年生はみんな実質的に引退状態。


あの埃っぽいけれど、どこか落ち着く部室に集まる理由もなくなった。


城之崎と学校内で顔を合わせる機会は激減してしまった。


廊下ですれ違うことはもちろん普通にあった。


購買へ向かう途中だったり、移動教室の時だったり。


僕が久しぶりと軽く手を上げると、アイツもあぁと小さく頷く。


たまには本当に何気ない世間話をして、そして別れる。


体育祭の昼休みに能田ちゃんの小説によって生まれた、あの息が詰まるような気マズさがあるわけじゃない。


あれはもう、遠い過去の出来事のようだった。


でも僕と城之崎の時間は、そこから何も進まない。


当たり障りのないただの友だちの1人として、静かに時間が流れていくだけだった。


鷲那については、当たり前のようにいつも通りだった。


クリスマスパーティーのあとの事には全く触れてこないし、こっちからわざわざ触れる事もしなかった。


そんな城之崎や鷲那だけではなく、大庭や能田ちゃんとも疎遠になっていた。


季節だけが、足早に過ぎていった。




そうして。


あっという間に時は過ぎて、気がつけば卒業だった。


卒業式のあと、僕は2年の時毎日のように通っていたドアの前に立っていた。


クラスメイト達から逃げ回って、なんとか辿り着いた。


ちょっとドキドキしながらドアを開けると、ポツリと人影があった。


能田ちゃんだった。


内心、城之崎がいるんじゃないかと期待していた自分がいけど態度には出さないようにした。


「芝浦くん、城之崎くんじゃなくてごめんなさい」


「そんなこと無いよ」


笑顔を作って言うが、どうやらバレバレだったみたい。


「なんか久しぶりだね」


「言われてみれば、確かにそうですね」


能田ちゃんはクイとメガネを押し上げながら、そう答えた。


彼女の手元には、例の手帳が置かれていた。


「まだ続いていたの?」


能田ちゃんは少し恥ずかしそうに、


「もちろん。最近は『コウヤマ』の供給が大幅に不足していたので、ともすれば死んでしまいそうな危機的状況でしたがなんとか」


「いやいやそんな大げさな……」


なんて軽く言うと、


「何を言うんですか!?『コウヤマ』からしか摂取できない栄養があるんですよ!」


「そ、そうなの?」


あまりの勢いに、思わず後ずさる。


「……じゃあ、僕行くね」


部室を後にしようとすると、能田ちゃんが声を掛けてくる。


「城之崎くんを探すんですか?」


「まぁ、ちょっと見てみるよ。今までありがとう、元気でね」


能田ちゃんも笑顔で応じる。


「はい、芝浦さんもお元気で」


そうしてあっさりしたお別れを済ませて、部室を後にした。


「あ!芝浦こんな所に!」


げ、巻いていたクラスメイト達に捕まってしまった。


そのままカラオケに連行されてしまう。


結局城之崎とは会えないまま、僕の高校生活は終わりを迎えた。


残念だったけど、仕方ないかと諦めが付いたのも事実だった。


ここから僕が城之崎と再会するのは、2年先のことだった。

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