第39話 気になるプレゼント 芝浦山手の場合
なんだかんだで、大人数で遊ぶのはやっぱり楽しい。
僕は自分のベッドに深く腰掛ける。
それから目の前で繰り広げられるカオスな光景を眺めながら、そんな当たり前のことを改めて感じていた。
大庭は相変わらず何かにつけて、キャーとかウソーとか無駄に騒がしい。
でもその底抜けの明るさが、このパーティーの空気を盛り上げているのも事実だ。
それとは対照的に能田ちゃんはほとんど喋らないで、ときどきクスクスと静かに笑っているだけだった。
それでもその表情は柔らかくて、この場を楽しんでくれているのが伝わってくる。
そして城之崎はやっぱりいつも通りで、どこか一歩引いた場所から皆の様子を観察しているようだった。
さっきのゲームでの一件で『面白い』の定義について大庭に冷静に説いていたのも、いかにもアイツらしいよね。
理屈っぽくて融通が利かなくて、でも妙に筋が通っている。
アイツのそんなところも、僕は嫌いじゃなかった。
そんな3人を眺めながら、僕はさっきお母さんの視線が明らかに城之崎を凝視していたのを思い出す。
正直焦ったけど当の本人は気にしないでくれたようで、平然とした顔でいるのがせめてもの救いだった。
でも僕が今一番気にしていたのは、お母さんのことじゃなかった。
鷲那だ。
さっきのゲーム中もそうだった。
鷲那は城之崎にゲームを教えるという口実で、やけに城之崎との距離が近かった。
コントローラーを持つ手に『わざと』自分の手を重ねたり、身を乗り出して『あえて』肩が触れ合うように城之崎の耳元で何かを囁いたり。
その度に城之崎は普段のアイツからは想像もつかない少し戸惑ったような、それでいて嬉しそうな顔をするのだ。
鷲那っていつも、あんなに城之崎にベタベタしてたっけ?
あの2人が仲が良いなんてのは、今更だった。
城之崎は鷲那が好き、でも鷲那は城之崎を恋愛対象としては見られない。
そのはずだよね?
でもあれじゃまるで……。
これじゃ城之崎が勘違いしても仕方ない。
なんで鷲那はそんな残酷なことをするんだろう?
『そないなったらあんたはん、勝ち目あらへんな』
…………いや、まさかね。
「はーい、お待たせ! 夕飯の準備ができたわよー!」
そんな僕の思考を中断するように、お母さんの明るい声とともにパタンとドアが開かれた。
開いたドアからローストチキンの香ばしい匂いやクリームシチューの甘い香りが、一気に部屋中に広がる。
その匂いは反則だって。
僕たちの食欲は一気に最高潮に達した。
期待に胸を膨らませながら、ダイニングテーブルへと向かう。
そこにはとんでもなく気合の入ったご馳走が、テーブルを埋め尽くしそうなくらい並べられていた。
巨大なローストチキン・魚介たっぷりのパエリア・彩り豊かなリースサラダ・コーンたっぷりのクリームシチュー・それからお母さん特製のラザニアまで。
いつもの芝浦家のクリスマスパーティーと比べても、明らかに豪華で品数も多い。
「わー! すごーい! 美味しそう!」
大庭が子供のように目を輝かせる。
他の皆も、感嘆の声を上げていた。
「ふふ、皆の口に合うといいけど」
そう言うお母さんの表情に、不安そうな気配は微塵も見えない。
相当な自信作なんだろうというのが見て取れた。
「「「いただきます!」」」
皆で声を合わせて、一斉に料理に手を伸ばす。
……いやマジで美味しいなこれ。
一口食べた瞬間、思わず唸った。
チキンは皮がパリパリで中は驚くほどジューシーだし、パエリアは魚介の旨味が米の一粒一粒にまで染み渡っている。
箸もフォークも止まらない。
他の皆も同じようだった。
夢中で料理を口に運んで、ときどき美味しいと声を上げている。
その様子を見て、僕はなんだかちょっと誇らしい気分になった。
そんな俺の視線に気づいたのか、お母さんがチラッとこっちを見てニッコリと笑った。
それから次の瞬間にはスッと視線を城之崎へと移して、僕とアイツを交互に見比べながらこっそりと目配せをしてくる。
……いやこれやっぱり、完全にわかっててやってるよね。
なんでバレたんだろう。
僕、誰が好きかまでは一言も言っていないのに。
そんなことを考えているうちに、あっという間に食事は終わっていよいよプレゼント交換の時間になった。
皆の名前が書かれたクジを、じゃんけんで勝った順に引いていく。
その結果は、最初は城之崎で次は大庭。
それから鷲那で能田ちゃん、最後に僕という順番になった。
全員がプレゼントを選び終え、誰から誰へのプレゼントか答え合わせが始まる。
まず城之崎が選んだのは、明らかに何かの本だとわかる四角い包みだった。
それは能田ちゃんのプレゼントで、中身は『戦国武将 辞世の句集』。
……シブい、シブすぎる。
でも、いかにも城之崎が好きそうなチョイスだ。
僕じゃなくて良かったと内心思うと同時に、能田ちゃんさすがだなとも思った。
次に大庭が選んだのは鷲那のプレゼントで、洒落たデザインのマフラーだった。
大庭は鷲那からのプレゼントだと聞いて一瞬微妙な顔をしたが、マフラーのデザイン自体は気に入ったのかなんだかんだ言いながらもご機嫌で首に巻いている。
そして鷲那が選んだのは僕のプレゼントだった。
少しだけいいブランドの、シンプルなボールペンだ。
城之崎に似合うかなと思って選んだものだっただけに、少しだけ残念な気持ちになる。
鷲那は、
「うわ、ありがとうございます! 大事に使いますね!」
と爽やかに笑っていたが、僕の内心は複雑だ。
能田ちゃんが選んだのは、大庭が選んだ可愛らしいクマのぬいぐるみだった。
能田ちゃんはそれをぎゅっと抱きしめて喜んでいたが、僕は能田ちゃんの辞世の句集以上に自分じゃなくて良かったと正直思ってしまった。
ということは……。
僕のプレゼントは城之崎から、ということになる。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
城之崎を見ると、彼も少し緊張した面持ちでこちらを見ていた。
「開けてみてくれ」
そう言われて僕は、ちょっと震える指で丁寧に包装紙を破った。
中から出てきたのは、落ち着いた深い青色をした美しい万年筆だった。
俺が鷲那に選んだボールペンより、ずっと大人びていて上質に見える。
「どうだろうか? その……芝浦が選んだものと少し被ってしまったかもしれないが」
城之崎は、少し不安そうに言った。
被った、なんてとんでもない。
むしろ僕は城之崎と同じようなプレゼントを選んでいたことが、なんだか無性に嬉しかった。
「ううん、全然! めっちゃ嬉しい! 大事にするよ、ありがとう!」
僕は満面の笑みでそう言った。
こうしてパーティーは終了し、解散の時間となった。
名残惜しい気持ちを抱えて、みんな帰っていった。
僕は最後に、城之崎と少しだけでも話せないかなと城之崎を追いかけていた。
近くの公園で、城之崎に追いつく。
あれ?
鷲那も一緒にいる?
その時だった。
城之崎と鷲那が、何かを話しているのが見えた。
こっそり様子を見ていると鷲那が、ポケットから小さいけど上品にラッピングされた包みを取り出す。
鷲那はその包みを城之崎に差し出した。
「実は先輩にだけ、別にプレゼントがあるんです」
その声は、僕の耳にもはっきりと届いた。
え?
なんで個別にプレゼント?
城之崎は驚いたように目を見開いてから、明らかに嬉しそうにそれを受け取っている。
いや個別にプレゼント用意するなんてありかよ!
僕はただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。




