第34話 来たる冬休み 芝浦山手の場合
体育祭のあの事件から数週間。
教室の窓から吹き込む風はすっかり冷たくなって、カレンダーはもう12月に足を踏み入れていた。
僕の心はその寒空以上にどんよりと曇り続けていた。
原因はわかりきってる、城之崎との間に流れるあの体育祭以来の気マズい空気だ。
あれ以来アイツとの間に、見えないけど確かに分厚い壁ができてしまった。
普通に話はするけど変な間ができるし、前と比べて気軽に声を掛けにくい。
マズい、このままじゃマズい……!
気持ちだけが焦ってく。
どうにかして、関係を修復しないと。
そう思って悩む日々が続いて、気がついたら冬休みまであとちょっと。
ずっと気マズいままだなんて、考えただけで気が滅入る。
「やっぱり、アイツしかいないか」
大庭に相談するなんて選択肢は、最初から存在しない。
そもそもあいつに、僕と城之崎の関係を取り持つ理由なんてこれっぽっちも無い。
そこで思い出したのが、修学旅行での一件だ。
あの時、僕と城之崎を二人きりにしようと画策してくれた意外な協力者。
鷲那豊樹。
昼休み、僕は鷲那を中庭に呼び出した。
寒空の下白い息を吐きながら現れた鷲那は、いつも通りの人懐っこい笑顔を浮かべていた。
「芝浦先輩どうしたんです?こんな寒いところに呼び出して」
言い方に悪意を感じる、京都弁の時より割とストレートに来たな。
ごめんね、あんまり人に聞かれたく無かったんだよと説明はしなかった。
「いや、ちょっと相談があって」
僕は言葉を選びながら体育祭での出来事を話す、必然的に能田ちゃんの小説の話もしてしまった。
能田ちゃん、ゴメン!
鷲那が小説のネタになっていた事は言わなかったから、どうか許してほしい。
「え?城之崎先輩倒れたんですか?大丈夫だったんですか?」
ただ小説の話よりも鷲那が食いついたのは、城之崎の体調だった。
「軽い熱中症と寝不足だってさ、普通に応援席に戻っていたから大丈夫だったみたいだよ」
「城之崎先輩が大丈夫って言ったんですか?」
体育祭当日の事を思い出す、あの気まずい感じ。
「いや実は……保健室の先生にお願いしたあとは城之崎とちゃんと話せてなくて」
「……そうですか」
それ以来、城之崎との関係がギクシャクしていることを正直に打ち明けた。
何かアドバイスをくれるか、もしくはまた何か企んでくれるんじゃないかと淡い期待を抱いて。
でも鷲那の反応は、予想外にアッサリとしたものだった。
「へぇ、大変ですね」
まるで他人事のように、彼はほほ笑んだまま言う。
「それで、俺に何か手伝えと?」
「……できれば何かアイツと自然に話せるきっかけとか、作ってもらえないかななんて」
鷲那は少し顎に手を当てて考える素振りを見せた。
その次の瞬間にはニッコリと、でも明らかな拒絶の意思を込めて言った。
「うーん、残念ですけどお力にはなれませんかね」
「え、なんでだよ! 修学旅行の時は、あんなに協力的だったじゃんか!」
思わず食い下がる僕に、鷲那はトボけた顔で答える。
「協力なんてしましたっけ?心あたりないですね。それに最近、城之崎先輩と約束が多くて忙しいんですよ。映画見に行ったり食事に行ったり、この前なんか先輩の家で料理を振る舞ってもらって。先輩の手作り、めちゃくちゃ美味しかったですよ?」
自慢げに、そしてどこか僕を試すような視線を向けてくる。
……コイツ、僕への当てつけか?
「そういうわけであんまりお力にはなれそうにないですね、それじゃ」
そう言ってヒラヒラと手を振って、鷲那は軽やかに去っていった。
その後ろ姿は、どこか勝利宣言をしているようにも見えた。
修学旅行の夜、俺が鷲那に『案外抱いてみたらイケるんじゃない?』なんてバカなことを言ったのを思い出す。
その時の鷲那の『そないなったらあんたはん、勝ち目あらへんな』という不敵な笑みが、脳裏に蘇る。
まさか、本気で城之崎を?
いやいや冗談だろ、あの女ったらしのアイツが?
「ふーん……修学旅行の時、やっぱり鷲那君に協力してもらってたんだー」
あー、なんかとってもめんどくさい声が聞こえた気がする。
何かの間違いであってくれないかな。
「ふーん……でも今回は協力してもらえないんだ。」
これでもかってくらいニヤニヤした大庭が僕の目の前に顔を出す。
「芝浦君!」
とびっきりの笑顔で僕の名前を呼ぶ。
「……なんだよ」
「お疲れ様でぇす!」
そう言って敬礼して走り去った。
めっちゃ煽ってくれてありがとう。
……クソっ、どうすれば!
鷲那という頼みの綱が絶たれ、大庭にまで嗅ぎつけられる。
僕は途方に暮れた。
そこでふと、そもそもの元凶を思い出した。
そうだ、能田ちゃんだ!
そもそもあの小説がなければ、こんな面倒なことにはならなかったはずだ。
……まぁある意味あの小説のおかげで俺と城之崎の関係が少し進展しかけたとも言えるのかも。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
放課後、僕は文芸部室で静かに本を読んでいた能田ちゃんに詰め寄った。
「能田ちゃん! ちょっと話がある!」
「ひゃいっ!?」
突然の僕の剣幕に、能田ちゃんは小さな肩をびくりと震わせる。
単刀直入に体育祭での一件と、それ以来城之崎との関係が最悪な状態であることを訴えた。
「……というわけなんだ。このままじゃ僕と城之崎は、ほとんど口も聞かないで冬休みを迎えちゃうんだよ! それって、能田ちゃん的にもマズいんじゃないの?」
僕の言葉に、能田ちゃんはコクコクと何度も頷いた。
「そ、それは私にとっても由々しき事態です! 私の妄想……いえ、創作活動の源泉であるお二人が、そんな状態であっては……作品のクオリティにも影響が出かねません!」
いつになく真剣な表情で、彼女は拳を握りしめる。
どうやら彼女の『推しカプ』の危機は、僕が思っている以上に深刻な問題らしい。
……あんまり妄想を膨らまされるのもそれはそれで複雑だけど、ここは四の五の言ってらんない。
「コウヤマの解釈違いならまだしも、供給断絶は絶対に避けなければなりません! 分かりました、芝浦くん! この能田未来、微力ながら全力で助太刀させていただきます!」
目をキラキラさせながら、彼女は力強く宣言した。
その姿は、体育祭の昼休みに『芝浦山手攻受論』を熱く語っていた時の彼女と重なる。
こうして僕と能田ちゃんの間に共闘関係が生まれた。
「よし、じゃあ早速作戦会議だ!名付けて!」
僕がそう言うと、能田ちゃんが食い気味に続けた。
「『コウヤマの雪解けを!~聖夜に紡ぐ愛のハーモニー大作戦~』ですね!」
「いや恥ずかしすぎるって、もうちょっとシンプルな名前でいいかな。『冬休みコウヤマ作戦』で」
「はい!『冬休みコウヤマ作戦』、始動です!」
能田ちゃんの熱意に若干引かないでもなかったけど、今は彼女のその情熱に賭けるしかない。
僕と城之崎の間に流れる気マズい雪を溶かして、再び穏やかな日々を取り戻す。
そのため僕と能田ちゃんの秘密の作戦が、静かに幕を開けたのだった。




