第33話 派閥論争 芝浦山手の場合
グラウンドの喧騒が遠くに聞こえる。
午後からの応援合戦の準備もようやく落ちついて、僕は強い空腹に襲われる。
一緒に弁当を食べる相手はもちろん、1人しか思い浮かばない。
「城之崎、アイツどこ行ったんだよ」
お母さんが作ってくれたお弁当を片手に、アイツが好きそうな静かな場所を探す。
こういう騒がしい時はほとんど間違いなく、人気のない場所にいるはずだ。
……やっぱり!
文芸部室のドアの向こうに、誰か人の気配を感じた。
軽く声をかけてドアを開けると、思った通り城之崎がいた。
その隣には、能田ちゃんもいる。
2人ともお弁当を広げているわけでもなく、何やら少し静かな雰囲気だ。
「やっぱり!こんなとこにいた!」
「芝浦か」
城之崎は僕を見るいつもの無表情で淡々としている。
「一緒にお弁当食べよう、探したんだぞ」
僕がそう言って強引に城之崎の隣に腰を下ろすと、彼は何も言わずに受け入れた。
「ああ、能田もここで食べるなら一緒にどうだ?」
城之崎が気を遣って能田ちゃんにも声をかける。
正直僕は城之崎と2人きりになりたかったので、ちょっとガッカリした。
「あ、いえ!私は大丈夫です! お2人でどうぞ!」
能田ちゃんはなぜかとても慌てた様子で立ち上がると、そそくさと部室を出て行こうとした。
マズい、今の気持ち顔に出てたか?
それで能田ちゃん、気まずくて出て行こうとしてるんじゃ?
その瞬間だった。
彼女が抱えていた何冊かの本の1冊がバランスを崩して、パサっと小さい音を立てて床に落ちる。
「おっと、危ない!」
僕は反射的に手を伸ばし、それを拾い上げる。
指先に触れたのは、少し使い込まれた感のある落ち着いた色の手帳だった。
そして、その手帳を見てハッとする。
数日前に、この部室で僕が勝手に中を見てしまったあの手帳だと気がついた。
瞬間――。
顔にカッと血が上って、心臓がバクバクと脈を打った。
マズい。
これは今、一番意識したくないやつだ。
僕は動けなくなって、顔が熱くなる。
「芝浦くん」
能田ちゃんの声が、やけに静かな部室に響いた。
その声は震えている。
「やっぱりあの日、中を見たんですね?」
あぁ、終わった。
僕は手帳から目を逸らせないまま明らかに動揺し、言葉を詰まらせる。
「みっ見てない!落ちたから拾おうとしただけ!」
いやいや苦しすぎるって。
僕自身が、1番そう思うよ。
「別にどんな作品だとしてもいいじゃないか、他人がとやかく言うことでは……」
見かねたのか、手帳の具体的な内容を知らない城之崎が、いつもの冷静なトーンで割って入ろうとした。
しかし逆にその言葉に強く反応してしまった。
「いやさすがにあれはダメだって普通に!」
僕は顔を真っ赤にして叫んだ。
もうどうにでもなれ、という心境だった。
「やっぱり!見てたんじゃないですか!」
もちろん能田ちゃんに怒られるわけで。
でも城之崎はそれに構わないで、僕に怒りをぶつける。
「何がダメだと言うんだ!見損なったぞ芝浦、お前がそんな偏見に満ちた奴だったとは!」
コイツ!
わかってて言ってるのか!?
「だ、だって!僕がっ、お前に抱かれる小説なんてっ! 認められるわけないだろ!!」
大きな声を出したその瞬間。
時が止まった、ように感じた。
あー顔が熱い。
部室の窓から差し込む午後の光が、やけに眩しい。
チリチリと肌を焼くようだ。
「……え?」
城之崎の顔からスッと表情が消えて、次の瞬間には糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
僕と能田ちゃんは顔面蒼白になりながら、意識を失った城之崎をなんとか保健室のベッドまで運び込んだ。
保健室の先生によると『軽い熱中症と寝不足でしょう、少し休めば大丈夫よ』とのことだったけど、僕たちの心臓はしばらくバクバクと鳴りっぱなしだった。
「あのー」
能田ちゃんが、少し申し訳無さそうにこちらを見つめてくる。
「城之崎くんが目を覚ましたら、あまりに気マズいので……」
そう言って先に保健室を出ようとする、能田ちゃんの襟を掴む。
いや逃さないからね。
そのまま2人で部室に戻った。
……まぁ、気マズいのは僕も同じだし。
部室に戻ると、さっきまでの緊張感とは違う重苦しい沈黙が漂っていた。
「……嘘つきですね、芝浦くんは」
ポツリと、能田ちゃんがいじけたように言った。
「それはゴメン、でも能田ちゃんだって僕に言うことあるんじゃないの? なんで僕と城之崎の、あんな小説書いてたんだよ」
僕がそう詰め寄ると、能田ちゃんは観念したように、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……すみません、私昔から周りの人の人間関係とかふとした仕草とかを見て色々妄想しちゃうんです」
「それで?」
と僕は先を促す。
「今の私の推しカプが、その……『コウヤマ』なんです。城之崎くんと、芝浦くんの……」
能田ちゃんは頬を染めながら、小さな声でそう言った。
「今のって、その前もあったの?」
僕は興味本位で尋ねた。
「一時期は『トヨコウ』というカップリングに夢中でした……鷲那くんと城之崎くんの組み合わせです。もちろん、それも小説に」
彼女は少しだけ遠い目をして、過去の創作活動を振り返るように言った。
僕は思わず素直な疑問を口にした。
「よく見てるね、アイツ鷲那の前だと確かにかなり雰囲気変わるもんね」
すると能田ちゃんは、待ってましたとばかりに目を輝かせた。
さっきまでのしょげた様子はどこへやら。
「さすが芝浦くん! 城之崎くんって普段はなんだかこう……Sっ気のあるクールな攻めタイプなんですけど、鷲那くんの前だとスゴくこう……庇護欲をそそるというか、守ってあげたくなる受けオーラが出てるんですよね! あのギャップがたまらないんですよ!」
「いやわかるよー、普段の城之崎もいいんだけど鷲那の前の城之崎は可愛すぎるんだよ。能田ちゃんとは話が合いそうだね」
城之崎の言動を思い返し、僕は頷く。
「ちなみに鷲那と城之崎だと城之崎が『受け』だけど、城之崎と僕だと僕が『受け』なの?」
「え?だって芝浦くんってどう見ても総受けじゃないですか」
当たり前のように火の玉ストレートをぶち込んできた。
正直ちょっと複雑だ。
「……まぁ僕ってあらゆる人を興奮させちゃうくらいカワイイからね!でも僕だって別にいつも受けってわけじゃないよ?攻める時だってあるし」
なんだかよくわからない反論をすると、能田ちゃんはさらに前のめりになった。
「えっ、本当ですか!? 是非そのあたり詳しくお聞かせ願えませんか!? 今後の参考にさせてください!」
「いや参考にって言われても」
結局、僕と能田ちゃんはお弁当を食べるのも忘れてた。
お互いの『城之崎光哉論』と謎の『芝浦山手攻受論』で、昼休みが終わるギリギリまで熱く語り合ってしまったのだった。
能田ちゃんと言ういい話し相手ができたのは良かった。
ただ午後からの応援合戦やクラス対抗リレーは、正直あまり記憶にない。
ボーッとした城之崎が保健室から戻ってくるのが見えた時は、無事だったことに心底ホッとした。
でもやっぱり気マズさの方が勝ってしまい、結局体育祭が終わるまでまともに声を掛けることはできなかった。
競技にもあまり身が入らなかった、まぁ結果はそこそこだったと思う。
こうして僕と城之崎の気マズさと、能田ちゃんとの不思議な交友関係を残して体育祭は幕を閉じたのだった。




