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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
高校生編
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第27話 揺らぐものと揺るがないもの 城之崎光哉の場合

駅前に新しくできたというカフェは、ガラス張りで明るく洗練された雰囲気だった。


案内された窓際の席に鷲那と向かい合って座る。


午後の柔らかな日差しがテーブルに落ちて、心地よい。


しかし、どうも落ち着かない。


目の前に座る鷲那が、なんだかいつもより俺に気を遣っているように感じるのだ。


俺がメニューを見る前にさっと水を注いでくれたり、注文を取りに来た店員への応対を先にしてくれたり。


元々鷲那は細やかな気配りができる性格ではある。


だが今日のそれは少し過剰というか、どこか探るような響きすら感じる。


「……鷲那、何かあったのか?」


耐えきれず、そう尋ねてみた。


「え? 何かって、何がです?」


彼は心底驚いたような表情で、大きく目を見開いた。


その無垢な様子を見ると、俺の考えすぎなのかもしれないとも思う。


「何もないですよ! いつも通りですって」


彼は口角を上げ、笑顔で否定する。


だがその笑顔が一瞬だけ何かを探るように俺の顔を観察したのを、俺は見逃さなかった。


「先輩こそ、何かありました?」


不意に、そう問い返される。


どきりとした。


彼の言う通りかもしれない。


俺の方が、何か落ち着かないのだ。


脳裏に酷い顔色をした芝浦と、力なく部室を出て行ったその後ろ姿が浮かぶ。


あいつは、大丈夫なのだろうか。


家までちゃんと帰れたのだろうか……。


だがその心配を、なぜか鷲那に話す気にはなれなかった。


俺たちの間にあった出来事を知られたくない、という気持ちもある。


それ以上に芝浦のことを気にかけている自分自身を鷲那に悟られたくない、そんな無意識の壁があったのかもしれない。


「いや、別に何も」


俺は短くそう答え、運ばれてきた水を一口飲んで誤魔化した。


そうこうしているうちに、お待ちかねのモンブランがテーブルに届けられた。


ガラスの皿の上に乗ったそれは噂通り見た目も芸術的で、繊細なマロンクリームが美しく絞られている。


一口食べると、上品な甘さと栗の豊かな風味が口の中に広がった。


確かに、これは美味しい。


「うまいな」


素直な感想を漏らすと鷲那は、


「でしょ?」


と嬉しそうに顔を綻ばせた。


モンブランを味わいながら、しばらく他愛ない会話が続いた。


授業のことや部活のこと、最近読んだ本のこと。


鷲那は聞き上手で、俺の話に興味深そうに相槌を打ってくれる。


その時間が心地よくて、さっきまでの妙な緊張感も少しずつ和らいでいった。


不意に、鷲那が尋ねてきた。


「そういえば先輩って最近、芝浦先輩と仲が良いですよね」


その言葉に、俺はフォークを持つ手をぴたりと止めた。


芝浦の話か。


鷲那は、一体何を探っているんだろう。


「まあ、同じクラスだしな」


できるだけ平静を装って答える。


だが鷲那は、俺の反応をじっと見ている気がした。


彼もまた俺の真意を測りかねているような、そんな探るような視線。


どういう意味で聞いているんだ?


ただの世間話か?


それとも、何か知っていて?


探るような沈黙の後、鷲那は少し驚いたような顔をして言葉を続けた。


「実はちょっと意外だったんですよね。城之崎先輩と芝浦先輩って正直、あんまり気が合わないタイプなのかなって勝手に思ってたんです」


悪びれる事もなく、そう言った。


その笑顔は普段通りだが、どこか俺の反応を試しているようにも見える。


「そうか?」


俺は短く、感情を乗せずに返した。


内心では彼の言葉に、少なからず動揺していた。


なぜ鷲那はそう思うのだろう。


確かに俺と芝浦は性格も、周りとの関わり方も何もかもが正反対だ。


水と油、と言ってもいいかもしれない。


だがなぜそんな事を気にするのか?


何か理由が?


螺旋の様に考えが巡るが、目の前のその笑顔からは何も読み取れない。


ただ『意外だった』という言葉だけが、妙に引っかかった。


俺が答えを探して言葉に詰まっていると沈黙を破るように、鷲那はふっと表情を和らげ全く違う話題を口にした。


「そうだ先輩! 最近始めたって言ってたゲーム、どうです? 面白いですか?」


俺が最近鷲那に勧められて始めた、家庭用ゲーム機の対戦ゲームのことだ。


正直ゲームというものにはほとんど興味がなかった。だが鷲那があまりに楽しそうに話すものだから、つい買ってしまったのだ。


「あああれか、ストーリーモードを少しずつ進めてはいるが…なかなか難しいな」


「結構コツがいるんですよ、今度オンラインでやりましょうよ!こんな感じです!」


そう言って、彼は身を乗り出して自分のスマホ画面を見せてきた。


思いのほか近い距離に、どきりとする。


二人で小さな画面を覗き込み、ああでもないこうでもないと話をする。


そのうちさっきまでの探るような空気は消え、話は純粋に盛り上がった。


鷲那が隣にいて、共通の話題で笑い合っている。


それだけで、満たされた気持ちになる。


気がつけば窓の外はもう、夕暮れの色に染まり始めていた。


「そろそろ、帰ります?」


鷲那が言うと俺も、


「そうだな」


と頷いた。


名残惜しいが、仕方がない。


二人でカフェを出て、駅へと向かう。


雑踏の中で隣を歩く彼の肩が時折触れる度に、意識してしまう自分がいる。


駅に着き、改札へと向かう。


俺と鷲那は、乗る電車の方向が逆だ。


ここでお別れだ。


「じゃあ先輩、今日はありがとうございました! モンブラン、美味しかったですね!」


「ああ美味かったな、誘ってくれてありがとう」


別れの挨拶を交わす。


けれど俺は、まだ彼と離れたくなかった。


もう少しだけ、話をしていたかった。


「……そういえば、さっきのゲームの件だが」


改札の前で俺は、話題を振って彼を引き留めていた。


鷲那は嫌な顔一つせず、笑顔で俺の話に付き合ってくれる。


数分間他愛ない話をして、ようやく互いに『また明日』と手を振って別れた。


ホームで一人、電車を待つ。


さっきまでの高揚感の余韻に浸る。


……やっぱり好きだな、鷲那のこと。


一緒にいるだけで嬉しくて、離れるのが寂しい。


彼の一挙手一投足に、心が揺さぶられる。


この気持ちはどうしようもない。


叶わないと分かっていても。


その想いを噛み締めながら、到着した電車に乗り込んだ。


吊革に掴まり、窓の外を流れる夜景を眺める。


甘い後味がまだ、口の中に残っている気がした。


……それにしても、今日の鷲那は少しおかしかった。


『芝浦先輩と仲が良いですよね』だなんて、なぜあんなことを聞いてきたのだろうか。


俺の交友関係を気にする理由など無いだろう。


鷲那と芝浦との間に何かあるのか、それとも単なる気まぐれなのか……。


そう考えるうち、芝浦の顔が脳裏に浮かんだ。


今日のあの、元気のない青白い顔。


明日、あいつはどうしているだろうか。


少しは元気になっているだろうか。


もし明日も元気がないようなら、今度こそちゃんと声を掛けてみよう。


心の中で、そう決めた。

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