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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
高校生編
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第25話 天秤の揺らぎ 城之崎光哉の場合

翌日。


教室のドアをくぐった瞬間、芝浦の様子がおかしいことにはすぐに気が付いた。


いつもであれば、既に誰かしらに囲まれて軽口を叩いているか。


そうでなくても、周りの喧騒にどこか楽しげに耳を傾けている筈の芝浦。


だが今日はずっと、自分の席で窓の外を眺めている。


時折クラスメイトが声をかけても、いつもの笑顔の振りをした作り笑顔を向けるだけだ。


そしてまたすぐに、窓の外へと意識を戻してしまう。


返事もどこか上の空で、言葉少なだ。


伏せられた睫毛が作る影が、その表情からいつもの輝きを奪っているように見えた。


顔色も昨日部室で見た時と同様青白いというか、血の気が引いているようにも見える。


やはり昨日は、無理をしていたのだろう。


それとも俺には言えないような、何か別の理由が?


昼休みどうしても気になって、能田に声を掛けてみた。


彼女なら何か知っているかもしれない。


「すまない能田、芝浦のことだ……今日あまり元気がないようだが何か知らないか? 」


俺が尋ねると能田は教科書から顔を上げ、一瞬びくりと肩を震わせた。


そして見るからに慌てた様子で、視線を左右に泳がせた。


「あ、え?し、芝浦くんですか? い、いえ……わ、私は何も……何も知りません、けど!」


明らかに何かを知っている、あるいは何かあったことを隠している口ぶりだ。


何か焦っているような、動揺を隠しきれていないその様子に俺の疑念は深まる。


芝浦と、何かあったのだろうか?


だが彼女はそれ以上何も語ろうとせず、


「ご、ごめんなさい!ちょっと用事を思い出したので!」


そう早口でまくし立て、逃げるようにその場を去ってしまった。


その後ろ姿は、何かから必死で逃れようとしているように見えた。


次に、昼食を一緒に取っていた咲良にも聞いてみた。


「なあ咲良、芝浦の様子なんだが何かおかしいと思わないか?」


「えー? そうかなぁ? いつも通りチャラチャラしてるように見えたけど? 」


けろりとした顔で、咲良はそう答えた。


……やはり、咲良はあまり周りを見ていない。


良くも悪くも、俺のことしか視界に入っていない節があるからな。


結局なぜ芝浦は元気がないのか、理由は分からないままだった。


ただ。


胸の奥に刺さった小さな棘のような気掛かりは、昼休みが終わっても消えることはなかった。


そんなことを考えているうちに、あっという間に放課後になった。


教室のざわめきが心地よい解放感へと変わっていく。


帰り支度をしている生徒たちの声が、やけに大きく聞こえた。


俺も鞄に教科書を詰め込んでいると、不意に後ろからよく通る明るい声がかかった。


「城之崎先輩!」


振り返ると、やはり鷲那だった。


人懐っこい太陽のような笑顔を浮かべて、俺の隣にやってくる。


他の生徒たちが遠巻きに彼を見ているのが分かったが、彼はそんなことなど気にも留めない様子だ。


「先輩、この後お時間ありますか? 駅前にカフェが新しくできたんです!そこのモンブランがもう、めっちゃくちゃ美味しいって評判なんですよ! よかったら一緒に行きませんか?」


彼は目を輝かせながら、少し身を乗り出すようにしてそう言った。


写真でも見せそうな勢いだ。


鷲那は時々本当に唐突に、こうして俺を誘ってくる。


テスト勉強に付き合ってほしいとか、面白い本を見つけたから読んでほしいとか。


そして今回は、スイーツ。


それが、たまらなく嬉しいのだ。


心の奥底から、じわりと温かいものが込み上げてくるのを感じる。


俺なんか誘わなくても、彼が声をかければ一緒に行く相手なんていくらでもいるはずなのに。


それでも、こうして俺を選んで、


「一緒に行きませんか?」


と誘ってくれる。


その事実が、胸の奥をくすぐったくさせる。


鷲那は俺の前では、不思議と他の女の子の存在を匂わせない。


いや少なくとも、俺にはそう見せているように感じる。


ただ一方で女癖が悪いという噂も、残念ながら俺の耳にも入ってきているのだ。


特定の相手を作らず様々な女の子と気軽に遊び、面倒になったら離れていく……そんな話を聞いたこともある。


以前意を決してそれとなく、『鷲那はもてるだろう?』と聞いてみたことがある。


けれど彼はきょとんとした全く心当たりのないという顔で、『え?いや全然そんなことないですよ?』とあっけらかんと笑って否定したのだ。


彼は、俺にはそういう浮ついた恋愛の話を一切しない。


それはもしかして俺の彼への気持ちに気づいていて、気を使っているからなのだろうか?


俺を傷つけないように、あえて避けてくれているのか?


それとも……単に俺はそういう世間話をするような相手ではないと友人として、あるいは先輩としてきっちり線引きをされているだけなのだろうか。


考え出すと、きりがない。


期待と不安が交互に押し寄せてくる。


……そして同時に、そんな詮索をしている自分自身が嫌になる。


馬鹿げた叶うはずもない期待を、心のどこかで抱いてしまう自分がいるのだ。


もしかしたら、こいつは……。


俺に対して何か、友情以上の特別な感情を持っているのではないかと。


すぐに、そんな甘い考えを頭から追い出す。


ありえない。


鷲那は誰にでも優しいし、人懐っこいだけだ。


俺が勝手に、彼の些細な言動に意味を見出そうとしているに過ぎない。


「……ああ、別に構わないが」


内心の激しい揺れを悟られまいと、努めて平静を装い、短く答える。


本当は今すぐにでも飛びついていきたくなるほど、嬉しくてたまらないくせに。


「やったー! さすが先輩! じゃあ、行きましょう!」


鷲那はぱあっと顔を輝かせ、子供のように嬉しそうな声を上げた。


そしてすぐに踵を返し、


「こっちです!」


と教室のドアへと歩き出す。


その後ろ姿は何の屈託もなく、ただただ明るい。


その無邪気さに俺の心はまた、ちくりと痛むように揺れた。


ふと、無意識に芝浦の席に目をやった。


だがそこに、彼の姿はもうなかった。


鞄もない。


いつの間にか、帰ってしまったのだろうか。


声をかけるタイミングを逃してしまった。


……やはり、体調が悪かったのか。


それとも何か、別の理由で早く帰りたかったのか。


理由は分からない。


けれど何か、胸につかえるものがある。


昨日、彼が見せたひどい顔色。


そして最近、気づけば妙に彼のことばかり考えてしまっている自分。


鷲那と一緒にいられる、という高揚感。


それと同時に、芝浦への言いようのない気掛かり。


二つの相反する感情がないまぜになった重たい何かを感じながら。


俺は鷲那の弾むような後ろ姿を、少しだけ重い足取りで追いかけた。

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