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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
高校生編
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第24話 もう見られない景色 芝浦山手の場合

一人、夕暮れの道を歩く。


城之崎と別れて部室を出てから、どれくらい経っただろう。


家路を辿る足取りは、まだ鉛のように重い。


見上げた空は高く澄んで、茜色と深い群青色が混ざり合い始めている。


冷たい秋風が街路樹を揺らして、乾いた葉がハラハラと舞い落ちてアスファルトを叩く。


そのカサリという音が、やけに大きく耳に響く。


季節が巡って、またこんな風に葉が舞い落ちる夕暮れを迎えたんだなと実感した。


あの日の帰り道も、こんな物悲しい風景の中を歩いた気がする。


忘れもしない、あの日の帰り道。


いつもならあの部屋へ行く時は、満たされた気持ちで心が躍っていた。


帰る時にはもう次に会える日のことを考えて、胸を期待に弾ませていた。


なのに、あの日だけは違った。


足を引きずり、俯きながら歩いた道。


周りの景色なんて、気にする余裕は全くなかった。


ただただ惨めで、情けなくて……悔しかった。


大津先生。


全ての始まりは最低で、最高についてないある日の出来事だった。


あれは高1の春のことだった。


僕は『ファイモン』で知り合った相手と、『リアル』の約束をしていた。


メッセージでは結構ノリも良くて、期待していたんだ。


なのに。




「あー!」


僕はスマホの画面を見て、思わず大きな声を出した。


「うわ、マジでキモい……なんなんだよ、アイツ」


指定されたカフェで1時間待っても、相手は現れなかった。


何度かメッセージを送ったんだけど、ちょっと遅れるの繰り返し。


それが今見たらアカウントが表示されない。


アイツブロックしやがった!


完全にバックれられたのだ。


わざわざ隣町の駅まで、電車に乗って来たっていうのに。


時間と交通費のムダ。


そして何よりこの期待を裏切られたことに、猛烈に腹が立った。


カフェから駅に向かって歩く。


イライラをぶつけるように、道端の石コロを思い切り蹴り飛ばそうとした。


「――痛っ!!」


石コロ、じゃなかった。


それはアスファルトが歪んで盛り上がっただけの、地面と一体化した塊だった。


思い切り蹴りつけたつま先に激痛が走り、僕はその場にうずくまる。


「クソっ! 最悪……ついてなさすぎるって」


涙目になりながら悪態をつく。


立ち上がろうとすると今度は足首に、ズキリと鋭い痛みが走った。


え?


まさか捻った……?


マジか。


足を庇いながら、ヒョコヒョコと歩き出す。


家までまだ結構距離があるけど、帰れるのかなこれ?


リアルはすっぽかされるわ、怪我はするわ。


本当に酷い一日だ。


トボトボと情けない足取りで知らない住宅街を歩いているとふと、古びた看板が目に入った。


『大津診療所 内科・整形外科』


ココだ!


迷わず、その古びた引き戸に手をかけた。


中に入ると想像していた通りの、昔ながらの小さな診療所。


消毒液の匂いが微かに漂う待合室には数人の年配の患者さんがいるだけで、すぐに順番が回ってきた。


「芝浦さーん、診察室へどうぞー」


看護師さんに呼ばれて、足を引きずりながら診察室に入る。


おじいちゃん先生だろうとタカを括っていた僕の目に飛び込んできたのは、予想外の人物だった。


白衣を着て柔和な笑みを浮かべて座っていたその人は、驚くほど若かった。


そして息を呑むほど整った顔立ちをした男性医師だったのだ。


20代後半くらいかな?


清潔感があって、穏やかそうな目元が印象的だった。


「今日はどうされました?」


落ち着いた、優しい声。


僕は少し緊張しながら、事情を説明した。


彼は丁寧に僕の足首を診察して、手際よくテーピングを施してくれた。


痛みで顔をしかめる僕に、


「はい、ちょっと我慢してください」


「もうすぐ終わりますから」


そう、優しく声をかけてくれる。


その声と時折触れる彼の指先の感触に、妙にドキドキしたのを覚えている。


「……思ったより軽症で良かったですよ。しばらくは安静にしてください、もし痛みが引かない場合はまたお越しください」


「あ、ありがとうございます先生」


治療が終わって、僕は彼のことを知りたくなっていた。


「こちらにお勤めになって、長いんですか?」


彼は少しだけ驚いた顔をして、それから苦笑するように言った。


「お勤めというか……父の後を継いで、かれこれ10年くらいになりますかね」


「えっ!? 10年!? そしたら……先生、もしかして30代半ば……?」


思わず大きな声が出てしまった。


だって、どう見ても20代にしか見えなかったから。


「……なぜ、そんなことを?」


キョトンとした顔で彼が聞き返す。


「いえ、すみません! あまりにもお若く見えたので……!」


慌てて取り繕うと彼は、


「そうですか? ありがとうございます」


とそう綺麗に微笑んだ。


その笑顔に、また心臓が跳ねた。


診療所を出て、少し歩きやすくなった足で駅へと向かう。


あー。


……マジでイケメンだったなー、大津先生。


さっきまでの不運とイライラはどこに行ったのか。


僕の頭の中は、あの優しい声と笑顔でいっぱいになっていた。


白衣ってのも、反則だよな……。


ふと、ポケットの中のスマホが震えた。


どうせまたくだらない通知だろうと思ったけど、僕は立ち止まって『ファイモン』を開いた。


まさか、ね……。


期待半分、諦め半分。


そんな気持ちで、『近くの人』を検索してみる。


すると――ビンゴ!


いた。


プロフィール欄に表示された年齢とアイコンの雰囲気、そして何よりこのタイミングでの『近くにいる』という状況証拠。


間違いない、さっきの先生だ!


『オーツ』、ユーザー名もそのまんまだった。


心臓が、ドキドキと高鳴る。


迷いはなかった。


僕はその『オーツ』というユーザーのプロフィール画面を開くと、震える指で『イイね!』ボタンを押した。


メッセージも送ろうかな?


いや、さすがに馴れ馴れしすぎるか?


そう逡巡していると、すぐにスマホが再び震えた。


画面には『オーツさんからイイね!されました』という通知。


これが、始まりだった。

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