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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
高校生編
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第15話 因果応報の修学旅行 芝浦山手の場合

最悪の目覚めだった。


修学旅行2日目の朝、僕の体は悲鳴を上げていた。


原因は分かっている、布団だ。


なんでか知らないけど僕の布団だけ仲居さんから、


「芝浦様のお布団はこちらです」


と準備されてた。


他のみんなのよりどう見ても薄くて、せんべいみたいにペラッペラだった。


おかげで畳の硬さがダイレクトに伝わって、体が痛くてほとんど眠れなかった。


寝不足で頭がガンガンする。


……絶対あいつの仕業だ!


僕は朝になって布団を準備してくれた旅館の中居さんに、


「すみません、僕の布団だけ妙に薄かった気がするんですけど……」


とそれとなく確認してみた。


すると人の良さそうな中居さんは、困った顔でこう言ったのだ。


「あら? 若旦那はんからこちらのお客様は腰を痛めてはりますさかい、布団が柔らかすぎるとかえって腰に良くないて聞いてましたんで……。少し硬めのお布団を用意させてもろたんどすけど」


やっぱり鷲那か!


腰痛持ち?


そんな持病、持っていた覚えは微塵もない。


あの野郎、やりやがったな。


僕が内心で怒りに燃えていると噂をすれば、その張本人が爽やかな笑顔で現れた。


「おはようさんですお客様、昨夜はよう眠れはりましたか?」


若旦那の営業スマイル。


その笑顔、今は憎々しくてたまらない。


僕が返事をする前に、鷲那はわざとらしく続けた。


「先輩は、普段からようさん腰使うてはるみたいですなぁ。何にそんなにようさん使わはるんやろ? わたくしには、とんと見当もつきませんわ。」


その言い方!


どう考えても周りに変な想像させようとしてる!


グッと言葉に詰まる僕を見て、鷲那はさらに追い打ちをかけるように話題を変えた。


「あ、そうそう!話は変わりますけど、先日はほんまに大変失礼しましたわぁ」


思ってもない『失礼』という言葉を使い、コイツは大げさに肩をすくめてみせる。


「せっかくカラオケ誘ってもろたのに、すぐに帰ってしもて……エラい申し訳ないことしましたわ。あのあと、皆さんどうされました? カラオケの大部屋、埋まるくらい男前ばっかりでしたけど」


僕が何も言えないのをいいことに、彼は畳み掛ける。


「せやけどあないに自慢のコレクション見せびらかすみたいなんもどないなんやろ思てましたけどなぁ。……先輩、お盛んなんもホドホドにしはったらどないやろ?」


最後の『お盛ん』のあたりに、明らかな皮肉と軽蔑が込められていた。


僕のカッとなった頭とは対照的に、部屋の空気が一瞬で凍りつく。


同室の他の男子たちの反応は様々だった。


腹を抱えて爆笑している奴。


気まずそうに顔を背け、急に寒そうに身を縮める奴。


…ろ安心しろ、お前には微塵も興味ないから。


なんでこういうヤツって自分が狙われる前提なんだろ、別に誰でもいいわけじゃないからね。


心の中で毒づく。


それからなんでか頬を赤らめて俯いている奴も一人……。


ん?


なんでコイツ照れてんの?


まぁこの際、そこはどうでもいい。


一番の問題は城之崎だ。


彼は黙って僕を見ていた。


その目に宿っているのは、昨日までの僅かな信頼や親しみではない。


まるで道端のウ◯コでも見るかのような、冷たい軽蔑そのものだった。


……ヤバい!


血の気が引く、城之崎にだけは誤解されたくない。


僕は慌てて城之崎に向き直った。


「ち、違うんだって城之崎! あれはその、なんていうか……! 最近はそういうの、全然してないんだから!」


必死の弁明。


でもそれは、最悪の一手だった。


「……最近は?」


城之崎が、低い声でボソリと呟く。


その声にはさっきまでの軽蔑だけじゃない、明らかな不機嫌さが滲んでいた。


アイツの眉間の皺が、さらに深くなる。


ヤバい、完全にやらかした……。


『最近はしてない』ってことは、以前はしていたと認めてるよね。


もう言い訳はできない、いいわけが裏目にでた。


僕はこの状況を作り出した元凶――鷲那に向き直った。


もう、こいつと直接話をつけるしかない。


「……若旦那さん」


僕はできるだけ冷静に、でも強い意志を込めて言った。


「今夜少し、お話できませんかね?」


僕の真剣な申し出に鷲那は、一瞬だけ目を細めた。


でもすぐに、営業スマイルを作った。


「へぇわたくしと?エラい光栄なお話ですなぁ」


それからちょっと考える素振りを見せた後、サラリと言った。


「でしたら今晩、お部屋を用意させてもらいます。また後ほど、係の者からご案内させますんで」


そう言ってヤツは、


「ほな、ごゆっくり」


と言って一礼して、嵐のように去っていった。




その日の京都研修は、まるで針の筵だった。


班行動の間、城之崎は僕とほとんど目を合わせようとしてくれない。


話しかけてもあぁとか別にとか、最低限の返事しか返ってこない。


明らかに、冷たい。


大庭はそんな城之崎の機嫌を取ろうとしているのか、もしくは単純に彼と一緒にいられるのが嬉しいのか。


ずっと城之崎にベッタリで、僕のことなどまるで見えてないみたいだ。


能田ちゃんは……城之崎と意気投合したみたい。


訪れる寺社の解説をしては城之崎は本の知識で応じ、専門的な歴史の話で盛り上がっていた。


僕だけが完全に、グループの中で浮いていた。


疎外感と自己嫌悪と、鷲那への怒り。


そんな感情がないまぜになって、頭の中はぐっちゃぐちゃだった。


結局その日一日どこをどう回ったのか、研修内容なんて微塵も覚えていない。


そして、夜。


夕食も風呂も終えて部屋で他の男子たちがトランプをやってる中、僕はそっと部屋を抜け出した。


中居さんから伝えられた部屋を目指して、静かな旅館の廊下を歩く。


やがて、目的の部屋の前に辿り着いた。


古い木でできた重厚な襖、表札はかかっていない。


……この中に、鷲那が。


深呼吸を一つする。


昼間のやり取りを思い出すと、腹の底から怒りが込み上げてくる。


でも今は、冷静にならないと。


僕の目的は、これ以上の嫌がらせを止めさせること。


それから何より、城之崎との関係を修復する糸口を見つけること。


僕は腹を括って、襖に手をかけた。

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