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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
高校生編
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第14話 逆境の修学旅行 芝浦山手の場合

わしな、とよき?


柊鷲庵の……若旦那?


目の前で流暢な京都弁と作法で挨拶をする後輩の姿に、僕の頭は完全にキャパオーバーを起こしていた。


驚愕、という言葉では足りない。


だって、あの鷲那だよ?


いつもニコニコと人懐っこい笑顔を振りまいている、イケメン王子様系後輩。


それがこんな歴史ある老舗旅館の跡取り息子?


七代目?


は?


隣を見ると、城之崎がいた。


驚きよりもはるかに嬉しさが勝ってるみたいだ。


いつも通りの無表情を装おうとしているのが、逆に分かりやすかった。


固く結ばれた口元とは裏腹に、その目は明らかにキラキラと輝いている。


隠しきれない嬉しさが、全身から滲み出てしまっているのだ。


……コイツ、分かりやすすぎだろ。


大庭も目を丸くして、口元を押さえている。


能田ちゃんに至っては、完全に思考停止しているように見えた。


まぁ無理もないよね。


そんな僕たちの混乱など露知らず、若旦那モードの鷲那は女将さんと共に手際良く館内の案内を始めた。


江戸時代から続くという歴史ある建物らしい。


磨き上げられた廊下や手入れの行き届いた中庭、どこも息を呑むほど美しかった。


説明される一つ一つの調度品や意匠は、長い歴史と格式があるそうだ。


とりあえずスゴい旅館だ、っていうのは嫌でも理解できた。


そして、それぞれの部屋へと通される。


部屋割は他の班と混ざって男子6人だ。


城之崎と僕は同じ班なので、そのまま同じ部屋になった。


部屋に通され荷物を置き、一息ついた。


他の男子が部屋を出たので、城之崎と2人きりになる。


まさにその時、スッと静かに襖が開いた。


そこにいたのは、やはり鷲那だった。


でもさっきまでの若旦那モードはどこへやら。


彼は城之崎の顔を見るなり、いつもの人懐っこい後輩の顔に戻っていた。


「城之崎先輩 改めまして、ようこそ柊鷲庵へ!」


パァッと効果音がつきそうな笑顔で、彼は城之崎に駆け寄る。


「ようこそ柊鷲庵へ、城之崎先輩の修学旅行が最高の思い出になるように、僕が誠心誠意お手伝いさせていただきますね!」


どこで覚えてきたんだと言いたくなる歯の浮くようなセリフを、彼は満面の笑みで言い放つ。


そんな鷲那を見つめる城之崎は……。


あぁまただ。


あの他の誰にも見せない。


柔らかく慈しむような、特別な空気。


鷲那に向けられるその眼差しだけで、彼の気持ちが駄々洩れになっている。


……やっぱ最高にかわいいな、コイツ。


鷲那を前にした時の、この城之崎。


その表情、その雰囲気。


これを作り出せるのは世界中で鷲那豊樹、ただ一人だけなのだ。


そのどうしようもない事実に、僕の胸はギリギリと締め付けられる。


嫉妬という言葉では生ぬるいほどの、黒い感情が渦巻いた。


「鷲那はここの跡取りだったのか、全然知らなかったぞ」


城之崎が少し照れたように、それでも嬉しそうに言う。


「あはは、言ってませんでしたっけ? ちょっと古臭い旅館やってるんですよー」


「ちょっと古臭いなんてとんでもない、バチが当たるぞ」


「全然大したことないですよー。先輩、長旅お疲れじゃないですか? お茶でも淹れましょうか?」


2人は僕のことなど完全に忘れたみたいに、楽しげに話し込んでいる。


……僕、空気かな。


疎外感を噛み締めていると、城之崎との会話が一段落した鷲那が急にこっちに向き直った。


その表情がすぐに変わる。


さっきまでの人懐っこい後輩の顔から、若旦那の営業スマイルへ。


声のトーンも、僅かに変わった気がした。


「お客様」


彼は先程の京都弁に戻って、僕に深々と頭を下げた。


「先日はえらいお世話になりました、ホンマおおきに」


その丁寧すぎる物腰と満面の笑みに、僕は逆に警戒心を抱く。


……コイツ、絶対あの合コンのこと根に持ってる!


「いえいえ、こちらこそ…」


僕が当たり障りのない返事を返す。


鷲那は城之崎には聞こえないように、笑顔を深めて言った。


「よろしかったらこの後、ぶぶ漬けでもいかがですやろか?」


……ぶぶ漬け!?


京都名物、遠回しに『帰れ』ってやつ。


まさか旅館の若旦那から、宿泊初日にこの言葉を聞くとは。


しかも、とびっきりの笑顔で。


「……いや、遠慮しておきます」


僕は笑顔を引きつらせながら、そう断るしかなかった。


「ホンマですか、そら残念ですなぁ」


鷲那は心底悲しそうな顔を作ると、


「ほな、ごゆっくり」


そう一礼して、静かに部屋を出て行った。


部屋に残されたのは僕と城之崎、それと気まずい沈黙。


先に口を開いたのは、城之崎だった。


その声にはいつもより少しだけ、棘があるような気がした。


「……芝浦」


「なんだよ?」


「お前、鷲那に何したんだ?」


ジロリ、と睨みつけられる。


うっ、やっぱり気づくよね。


さっきの鷲那の態度は、さすがに不自然すぎた。


理由は百も承知、あの合コンに決まってる。


でもまさか城之崎に、『お前の好きな後輩が合コンしたいなんて言い出したから、男だらけの合コンを開いてやったんだ』なんて、口が裂けても言えるわけがない。


……こういう時は。


「……いや僕も不思議なんだよ、鷲那を怒らせるようなこと何かしたかな?」


全力でしらばっくれることにした。


城之崎はなおも疑いの目を向けてきたが、やがて諦めたようにため息をついた。


こうして波乱だらけの修学旅行一日目の夜は更けていった。


旅館の他の生徒たちは、老舗旅館ならではの最高のもてなしを受けているようだった。


夕食の懐石料理や広々とした大浴場、ふかふかの布団も素晴らしいものだったらしい。


……らしいというのは、僕だけが微妙な扱いを受けていたからだ。


僕の配膳だけ、なぜかご飯にてんこ盛りの柴漬けが乗っていた。


……嫌いだって、鷲那に言ったことないのに。


他にも僕のお吸い物だけ微妙にぬるかったり、僕の浴衣だけ背中が微妙に濡れていたり……。


一つ一つは些細なこと。


偶然だって言われたらそれまで。


でもその全てに、あの若旦那とびきりの営業スマイルが透けて見える気がした。


極めつけは、夜に廊下でばったり会った時だ。


鷲那は流暢な京都弁と営業スマイルでこう言ったのだ。


「何かお困りのことあらしまへんか? 大切なお客様ですさかい。わたくしにできることでしたら、なーんでもさせてもらいます。……ええほんまに、なーんでも」


……うん、絶対に頼まない。


ネチネチとした、遠回しな嫌味と皮肉の集中砲火。


どうやら僕は京都の地で、とんでもない相手を敵に回してしまったらしい。


先が思いやられる修学旅行の幕開けだった。

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