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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
社会人・大学生編
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第99話 伝えられると言う事 城之崎光哉の場合

しんと静まり返った部屋に俺と芝浦……山手との間の、気まずい沈黙が続く。


猛烈に、恥ずかしい。


さっきまでの勢いはどこへやら、山手も落ち着かない様子でそわそわと視線を彷徨わせている。


俺も自分の顔に、じわじわと熱が集まっていくのがわかった。


「うどん!」


沈黙に耐えきれなかった俺は、堪らず声を上げた。


「うどんを作る、キッチン借りるぞ」


そう一方的に捲し立てると、俺は逃げるように立ち上がる。


山手も、


「あ、ああ」


と歯切れの悪い返事をしたが、もう気にせずキッチンへと向かう。


鍋に水を張って、火に掛ける。


その単純な作業が、今はありがたい。


買ってきた長葱を冷蔵庫から取り出し、まな板の上に乗せた。


とんとんと軽快な音を立てて葱を切っていると、ふと背後に気配を感じる。


それはもちろん、山手のものだ。


「……一応伝えておくが、俺は今包丁を持っている」


俺がそう言うと背後で山手が、


「え!? な、なんの事!?」


そう明らかに動揺した声を上げた。


やれやれ、全く。


溜め息を吐きながら葱を切り続けていると、不意に背中から温かい感触に包まれた。


「あ! こら!」


思わず、声を上げる。


「……包丁を持っていると言った筈だが?」


わざと低い声で威嚇する。


すると俺の後頭部に、こつんと山手の額が乗せられた。


「うん、でも僕光哉の事……信じてるから」


くぐもった、甘えたような声で言う。


調子の良い事言う奴だ。


……全く、どうしようもない。


俺は持っていた包丁をことりと、まな板の上に置いた。


「山手、一度離せ」


俺がそう言うと、山手は素直に抱きついていた手を離した。


俺はゆっくりと向き直って、正面からその身体を抱き締める。


「……こっちの方が、良い」


俺がそう言うと俺の頭上の山手も、


「……そうだね」


と、小さく同意した。


その完全に油断しきった身体の重みを感じながら、少し意地悪の悪い考えが浮かんだ。


俺は山手の背後にあるテーブルに、ぐいと容赦なくその身体を押し倒した。


「え? え?」


完全に油断していた山手は、テーブルに背を付けて戸惑いの表情を浮かべている。


俺はその耳元で、静かに囁いた。


「良い子にしてろ」


その顔が、またみるみる赤くなっていく。


その様を見て満足すると、俺はうどんの調理を再開した。




「ご馳走様でした」


食卓で二人、同時に手を合わせる。


先程までの熱っぽい空気は湯気と共にどこかへ消え去り、穏やかな時間が流れていた。


だがここで、聞いておきたい事があった。


決してこのままなあなあで終わらせるわけにはいかない。


俺は少し考えてから、努めて当たり前の事のように言う言葉を選んだ。


「今日俺の部屋に戻って来るよな? 何時頃戻る?」


俺がそう聞くと、山手は少し考えてから答えた。


「うん……少し用事を済ませてからになるから、夕ご飯くらいには戻るよ」


その言葉に、心の底から安堵する。


戻らないとか言われたらどうしようかと思ったからだ。


「わかった、夕飯を作って待ってる」


俺はそう伝え食器を片付けると、夕飯の買い出しに出ることにした。


そして俺はスーパーへ向かう途中、考えていた山手へのプレゼントを買いに駅前の家電量販店に寄った。


今のあいつに必要な物。


つい先日も、テーマパークで財布を無くしかけていた。


そういう危なっかしくて見ていられない部分を、少しでもどうにかできないか。


様々な製品が並ぶフロアを歩き回る。


最新のオーディオ機器から流れるデモ音楽や新製品の宣伝をする店員の声に、客の話し声。


その喧騒の中、俺は目当ての製品を探してスマートフォンのアクセサリー売り場へと向かった。


キーホルダー型の、紛失防止タグ。


これであいつの忘れ物が少しでも減ればいい。


そう思いながら製品を手に取った、その時だった。


すぐ隣の棚に置かれた、ある製品が目に付いた。


そうか、こういうタイプの物もあるのか。


シンプルなデザインで、悪くない。


あいつにちゃんとした形で、何かを渡したかったんだ。


いや、とは言えこれは流石に狙い過ぎだろうか。


まるで束縛したいみたいに思われないか?


数秒、悩んだ。


だがもう、これに決めた。


「すみません、これとこれを二つください。」


元々考えていた紛失防止タグと、今目に付いた製品をそれぞれ指差す。


「サイズはどうされますか?」


サイズは確か、俺より少し大きいはずだ。


そう考えて、自分のサイズと少し大きいサイズを店員に伝える。


「最悪サイズが合わない場合は、後日交換も出来ますので」


と言われたので、安心して購入することができた。


俺はそのプレゼントが入った小さな包みを持って、自宅のマンションへと戻った。


あいつが帰ってくるまであと数時間。夕飯の準備をして部屋を片付けて……。


俺はやるべき事を済ませてしまおうと考えていた。

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