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本当に大事なものは  作者: 城井龍馬
高校生編
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第9話 肚のうちに潜むもの 芝浦山手の場合

かき氷、ヨーヨー釣り、輪投げ……。


結局大庭の行きたいところに一通り付き合わされる形で、いくつかの出店を回った。


城之崎は相変わらずぶっきらぼうな態度だったけど、大庭はそんなことお構いなしに楽しそうだ。


僕はといえば二人のやり取りを横目で見ながら、内心ヒヤヒヤしっぱなしだった。


鷲那たちは、もう行ったよな?


さっきの方向なら、こっちとは合流しないはず……。


そんなことを考えているうちに辺りはだんだんと暗くなる。


「よし、そろそろ行くか」


城之崎が、空を見上げながら言った。


「え、どこに?」


「祭りの最後に花火があってな、いい場所を知ってるんだ」


大庭も頷いている。


どうやら城之崎と大庭にとっては馴染みの場所らしい。


人混みを避け少し脇道に入り、坂道を登っていく。


「ここら辺はあんまり人も来ないんだ、見晴らしもいいしな。久しぶりに来たけどやっぱり変わってないな」


城之崎が説明してくれる。


確かに祭りの中心部の喧騒が嘘のように、辺りは静かになっていった。


いいねそういう穴場、二人きりだったら最高だったんだけど。


そんなことを考えていた僕の目に、信じられない光景が飛び込んできた。


……マジかよ!?


まさに僕たちが目指している高台の方に向かって歩いている二つの人影、間違いなく鷲那とあの女の子だ。


なんでよりにもよってこっちに来るんだよ!?


頭の中が真っ白になる。


マズい、このままじゃ確実にはち合わせる!


城之崎にあの二人の姿を見せるわけには……。


僕は焦りながら、できるだけ自然を装って声を上げた。


「あ! ごめん僕ちょっと用事思い出したから! 先行帰るわ!」


うん、どう考えても自然じゃない。


「は? いきなりなんだよ用事って」


城之崎が怪訝な顔をする。


大庭も不思議そうだ。


「いやちょっと急ぎで! ごめん!」


僕はそれだけ言い残すと、返事も聞かずに急いで坂道を駆け下り始めた。


背後から城之崎の、


「おい、芝浦!」


という声が聞こえた気がしたが、構っていられない。


鷲那たちの姿を視界に捉えながら、僕は早足で彼らに近づく。


幸い2人はまだ、僕たちがいたことに気づいていないらしい。


近づくにつれて二人の会話が、微かに聞こえてきた。


「……でね、先輩から教えて貰ったんだけどこの上すっごく景色がいいんだ。花火も綺麗に見えるよ」


鷲那が隣の女の子に優しく話しかけている。


先輩?


城之崎のことか!


僕の予想は当たっていたようだ。


城之崎が教えた穴場スポットに、鷲那が別の女の子を連れてこようとしている。


最悪だ。


「――鷲那!」


僕は少し離れた場所から、彼の名前を呼んだ。


鷲那はこちらを振り返り僕の姿を見つけると、少し驚いた顔をした。


「芝浦先輩? どうしたんですか、そんなに慌てて」


「いや、ちょっと話せるか?」


僕は鷲那の隣の女の子に意識的に視線を向けずに、彼にだけ話しかける。


鷲那はぼくの意図を察したらしく、すぐに隣の女の子に向き直った。


「ごめんね、ちょっとだけいいかな? あそこのベンチで少し待ってて貰える?」


そう言って、坂道の途中にある木陰のベンチを指し示す。


女の子はちょっと不安そうな顔をしたが、


「うん、分かった」


そう素直に頷いて、一人でベンチに向かった。


彼女が遠ざかってから、鷲那は僕に向き直った。


その表情からは、先ほどの甘い雰囲気は消えている。


「で、どうしました? 先輩」


真剣な目で問いかけてくる鷲那に、僕は一瞬言葉に詰まった。


うまい言い訳なんて、いきなり思いつくわけもなかった。


こうなったら、単刀直入にいくしかない。


「頼みがあるんだけど、今日はこの先には行かないでくれない?」


「……は?」


さすがの鷲那も少し困った表情を浮かべた。


無理もないよな。


いきなり現れて、意味不明なお願いをしているのだから。


「……でももうあの子にも、『いい場所がある』って言っちゃったんで」


困ったように、彼はへらりと笑ってみせる。


「そこをなんとか、頼む!」


僕は頭を下げた。


鷲那はそんな僕を、黙って見ていた。


笑顔は消えていない。


でもその目の奥は、笑っていなかった。


やがて彼は、ゆっくりと口を開いた。


その声は先ほどまでの明るさとは打って変わって、少し低くなっていた。


「……なるほど、それでそのお願いを聞くと俺にどんなメリットがあるんですかね? 」


「メ、メリット?」


「ええ、先輩の頼みを聞けばあの子をがっかりさせるかでしょう。それなりの見返りがないと、割に合わないですよね」


相変わらず、にこやかな表情。


でもその言葉には、反論させない圧があった。


……思った以上に食えない奴だな。


僕が答えられないでいると、鷲那はさらに声のトーンを落としてまるで秘密の話でもするみたいに続けた。


「芝浦先輩って顔広いですよね? もし先輩がセッティングしてくれたら、スゴい楽しい合コンとかできそうだなーなんて前から思ってたんですよねー」


真っ直ぐ僕の目を見つめながら、そう言った。


これは取引だ。


この男の要求は、明らかだった。


「……分かった、約束するよ。今度とびっきりの美形だけ集めた合コン、セッティングするから」


僕がそう言うと鷲那は、満足そうに笑った。


さっきまでの圧は消えて、いつもの人懐っこい後輩の顔に戻っている。


「本当ですか!? やったー! 約束ですからね!」


彼は嬉しそうに言うと、


「じゃあ僕、あの子のところに戻りますね」


そして軽く手を振ると、女の子が待つベンチへと引き返していった。


女の子に何事か話しかけると、二人は僕が駆け下りてきた坂道とは別の方向へと歩き去っていく。


どうやら、納得してくれたらしい。


僕は、その場に一人残り、大きくため息をついた。


合コンとか久しぶりだな、めんどくせー。


まぁこう見えて顔のいい知り合い達には事欠かないので。


鷲那、喜ぶだろうな。


さて。


気を取り直して、城之崎たちのところへ戻らなければ。


用事を思い出した、とか言って出てきちゃったけど、なんて言って戻ろうか?


『用事が光の速さで終わった。』とか?


いや、さすがに無理しかない。


まあ、いいや。


なんとかなるだろ。


僕は再び坂道を登り始めた。


高台に近づくと、話し声が聞こえてくる。


城之崎と、大庭の声だ。


あれ?


なんだか、思ったよりもいい雰囲気……?


これは良くない。


物陰に隠れて、そっと二人の様子をのぞき見た。


月明かりと遠くの祭りの灯りに照らされた、二人の横顔が見える。


大庭が城之崎に向かって、真剣な表情で何かを話していた。


そして聞こえてきたのは僕の予想を、そしておそらく期待をも裏切る言葉だった。


「――光哉」


大庭の声は少し震えていたが、しっかりとしたものがあった。


「私光哉のことが好き。ずっと、ずっと前から」


あ、あの女……!


このタイミングで、やりやがった――!!

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