その女新島秋保
「あなた……もしかして神谷瑠璃子さん……?」
「あぁ……そうだけど?」
(この女私を知っているッ!!)
神谷瑠璃子、目をカッと開き、身構える。
瑠璃子、臨戦態勢に入った。
「るりちゃん!??」
雲雀、瑠璃子の異常を知覚。
慌てふためく、あわあわ、何もできず。
(動画を観たな!?そうなんだろう!!)
「るり子ステップ」は既に他クラスにまで広がっていたのだ。
もはや秋保が瑠璃子の名前を知っている理由など、
それ以外に考えられなかった。
(なぜ!?なぜわざわざ私の名前を確認した!?
野次馬根性クソ女!!
良い度胸じゃんね!!)
瑠璃子にぽんたろうへのやり切れぬ怒りが、
そのまま目の前にいる秋保に向けられた。
その姿もはや人ではなし。
鼻息荒く闘志みなぎる猪。
「……それで私が神谷瑠璃子だからなに?」
思いっきり秋保を睨みつける。
「えっ……えっと……?」
突然の瑠璃子の喧嘩腰。
当の秋保は瑠璃子の変貌にぽかんとしていた。
秋保は困ったように眉を下げると、口元を引きつらせながらはにかんだ。
「………私ね、ずっと神谷さんと話してみたくて……」
その頰はほんのりと赤らんでいた。
「想像していた通り愉快な女だった!?」
瑠璃子、秋保を激しく威嚇。
「……うん!聞いてた通りすっごく優しい子だった!」
秋保は柔らかく微笑んだ。
瑠璃子と話せるのが心底嬉しいといった表情である。
見る者全ての氷を溶かすような春の陽気のような笑顔。
「えっ……?」
たった今敵認定した秋保から、
突然暖かな微笑みを向けられ瑠璃子は動揺した。
驚きと困惑で目を瞬かせる。
秋保が微笑みながら続ける。
「……さっきね、私が紙落としちゃって困ってた時、他の人は誰も助けてくれなかったのに……神谷さんだけは拾ってくれたよね……?」
秋保の柔らかな追撃は止まらない。
「私、すっごい嬉しかった……!」
「……ふーん」
瑠璃子の額に浮かんだ縦皺が徐々にほどけてゆく。
「うっっわ、喜んでる!」
雲雀は瑠璃子の顔を見てニヤニヤと茶化してきた。
(うざい!雲雀うるさい!!)
まだ、警戒を完全に緩めるわけにはいかない。
危うく懐柔させられそうな自分を瑠璃子は厳しく戒め再び眉を寄せた。
「……なんで私のこと知ってんの?」
秋保は少し慌てたように目を泳がせた。
「あっ、……雲雀く……えっと私の従兄弟がね、神谷さんのこと大好きで会うたび話してて……!」
秋保は手にプリントの束があるのを忘れたのか、前に手を動かそうとした。
「あっ……!」
プリントが落ちそうになったのを慌てで持ち直す。
雲雀、驚愕。
先程の秋保の発言。
「はっ……!?」
いきなり何を言い出すか!
突然の名指しと大好き発言で雲雀は激しく狼狽えた。
あちこちにポップコーンのように飛び回る。
もし、今彼を写真に写せたらとんでもなくアグレッシブな呪霊が撮れるだろう。
「はっ……!?……ふ~ん」
瑠璃子も驚いたが、
そう言われると悪い気はしない。
雲雀の方を見やり眉をクイクイと動かした。
しかし、瑠璃子には気になるところもまだある。
雲雀から話で聞いてるだけでは一目見て瑠璃子本人だとすぐ分かるのだろうか?
もちろん、写真など見せれば別だが、
雲雀が持っていたとしてもそれは小学生の瑠璃子の写真であろう。
瑠璃子を判別できた理由は依然不明だ。
「……なんで私のこと見てすぐ神谷瑠璃子だって分かったわけ?」
尋問官瑠璃子は容赦をしない。
「それは……」
秋保は俯いた。
「一番かわいい子だったから……ぜったいこの子が神谷さんだって……」
小さな、いかにも恥ずかしい気持ちを振り払って絞り出したかのような声である。
瑠璃子の心は完全に氷解した。
「そうだったの!?……ほうぉ〜」
この女、この手のお世辞に著しく弱い。
瑠璃子本人だってお世辞だと分かっている。
だが、言われると堪らなく嬉しい。
瑠璃子の秋保への好感度は大気圏に突入せんばかりに急上昇した。
秋保は俯きながらモジモジとした。
「……でもごめんね、迷惑だったかな……?」
「ぜんぜん!!迷惑じゃないし!嬉しいし!!」
本当に嬉しそう。
だらしのない笑顔を満面に浮かべている。
「ほんとう……?勇気出して声かけて良かった〜」
秋保はぱっと顔を上げた。
花の満開の笑顔を瑠璃子に見せた。
だが、すぐに瑠璃子から視線を紙に移す。
「……あっ、ごめんね。
先生に言いつけられて、このプリントクラスのみんなに配んないといけないの……」
「もっと話たかったのに残念……また見かけたら声かけて良いかな……?」
「うん!待ってる!」
「わかった!じゃあまたね!」
そう言って二人は別れた。
瑠璃子は元気に去っていく秋保に手を振った。
秋保と別れたあとも瑠璃子の顔は綻んだままである。
「うふふ」
「うふふ……?」
瑠璃子がずっとニヤけているのに雲雀は困惑した。
「……良い子じゃん」
瑠璃子がボソリと呟いた。
「……う、うん、そうだよ!」
なにはともあれ、雲雀にとってこの二人の接触は喜ばしいことである。
(るりちゃんとあきちゃんが仲良くなればいいな……)
学校で孤立気味の瑠璃子に友達ができれば安心だし、この二人を結び付ける共通の存在が自分である。
自分が二人の話題として上がれば、
恥ずかしい反面、自分の生前に意味があったと思える。
それにひょっとしたら、
瑠璃子を通してまた間接的に秋保と繋がることができるかもしれないと、雲雀はほのかに期待するのであった。
(あきちゃん、僕の話してたこと覚えててくれたんだ……)
(やっぱりお見舞い来なくなったのも僕が嫌だからじゃなかったんだよ……!葬式だって何か事情があったんだ……!)
「どうしたのあんた、なんか嬉しそう。」
「そっちこそ、ずっとニヤついてるよ。」
「……まぁね。」
***
瑠璃子と別れて、秋保は一人廊下を歩いていた。
(大丈夫だよね?さっきの私上手くやれてたよね?)
(はぁ〜……明らかにヤバそうな子だったもん、穏便に別れられて良かったぁ……)
(やっぱ、あの子が雲雀くんが言ってた神谷瑠璃子ちゃんだったのか。変な動画拡散されて可哀想だけど……やっぱ、あぁいうの撮られる子ってナニか普通と違うとこあるのかな……?馬鹿にされちゃうのも仕方ないよね……)
(それにしても私、だんだん人と対応するの上達してきたかも!本読んでいっぱい勉強して良かった……!)
その時、秋保に一人の女子生徒が声をかけた。
「秋保じゃん、どこ行ってたの?」
「あっ、……」
(この子はえっと……私にいつも優しくしてくれる人で……えっと……あれ……どっちだっけ?)
(髪型はポニーテールでリボン……てっことは由美ちゃんか茜ちゃんの二択……)
(どうしよう……どっちか分かんない……)
「どしたのそんなジロジロ見て?私の顔何かついてる?」
女子生徒の由美または茜が、不審そうに眉を動かした。
秋保の心臓の音は早くなる。
(どうしよう……どうしよう……)
(こうなったら……!確率は二分の一!!)
新島秋保一世一代の賭けに出た。
「……由美ちゃん!!ごめん見惚れちゃってた……目の保養♡」
「もぉ〜変なこと言わないで!」
女子生徒、《確定》由美は表情を緩めると、
親しげ秋保の背中を叩いた。
「えへへ……」
(良かった……合ってた……)
その様子に秋保は一安心した。
「その紙は?」
「あっ……先生にみんなに配ってて頼まれてたの」
「てか、これぐしゃぐしゃじゃん」
由美がプリントの一枚を指摘した。
「実はさっき転んでぶちまけちゃって……」
「だめでしょしっかりしなきゃ!さ、早く教室行ってこれ配るよ!」
「……う、うん!行こう!レッツゴー!隊長!」
秋保が戯けて言うと、
由美は笑った。
(良かった……また上手くやれた……)
(大丈夫……今日も普通をやれてる……よね……?)
秋保の瞳には拭いきれない不安が暗い影となって浮かんだ。




