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山岡の乱(1)

適切な指導者もいなければ、上達する筈もなく。


阿久津は教育者にはさながら向いている人種ではなかったが、音楽に関しての実力はプロフェッショナルだったらしく、阿久津を失って一年生どころか全学年の合唱は昨年度と比較して酷いものであった。


それでも、上級生は長年の経験から何をどうすれば良いのか弁えているらしく各々着実に練習をこなしていた。


また、上級生の実行委員は時々下級生の教室にきて合唱の指導をしてくれたのは多少ならざる救いである。



また、夏祭りが近づくにつれ、合唱練習を早々に離脱した連中が戻ってきたのだ。


これは、雲雀にとって何よりの救いであった。

指揮者の丸メガネの不在を一番心配していたのが、丸メガネは勿論居るし山岡ですら大人しく実行委員に従ってくれる。

丸メガネは指揮者として、ちゃんと職務に取り込んでくれた。



ただ、ひとつ雲雀が気になるのは戻ってきた連中はみんな服に缶バッチを付けている点である。


缶バッチには一から三まで星がついており、

大抵の子供は星一つなのだが、山岡の側近と学級委員の村中は星二つ、山岡は星三つである。


缶バッチを身に着けた生徒達は得意げにそれを、バッチなしの生徒の前でいじくっていた。


雲雀が一人の男子生徒に聞いてみたところ、

「企業秘密だから。勝手に教えられない。」

と一言だけであしらわれてしまった。


雲雀はなんだか疎外感を感じて、胸がきゅっとした。



一年生の合唱の出来はともかく、とりあえずは歌詞を全て覚えて一応は合唱としての形を成すものになった。


もとより一年生の合唱は最初の「ハナ」ではあるが、そこまでの実力は求められない。

子供らしく元気であれば良いと言う人さえいる。


そもそも、この夏祭の合唱コンクール、

合唱コンクールと名前さえついているが、実態は合唱のお披露目会だ。


一応は全学年審査はするのだが、

下学年が敵う筈もなく、

毎年六年生が勝つのがお決まりだ。


極稀に五年生が優勝を掻っ攫い、

六年生の鼻を明かすこともあるが、

一年生が優勝することなど万事にあり得ない。


最初から約束された勝利。

一年生から昇段順に歌っていき、最後は六年生が締める。

下学年は全て六年生を際立たせる為の引き立て役に過ぎない。


全く公平なコンクールとは言えないのだ。


そうして今日この日、待ちに待った合唱が終に訪れた。


雲雀は夕方付近に母親に藍色の着物を着せて貰いウキウキとしていた。


母親からお小遣いを貰ったので、

屋台でりんご飴でも買って瑠璃子と回るつもりだ。


運の良いことに、一年生の実行委員は当日仕事がないのである。

合唱本番まで悠々と遊んでいられる。


雲雀はようやくお役目御免。

後はもう上手くいこうがいがいが知ったこっちゃないという気持ちになっていた。


まぁ、欲を言えばせっかく努力したのだから成功してほしいという気持ちもなくはないのだが。


紫雲が浮かび、オレンジ色の空に薄紅色の色彩が混ざったころ、街の中心部の河川敷広場には屋台が立ち並んでいた。


雲雀は河原近くの神社で瑠璃子と落ち合った。

瑠璃子は黒色の生地に赤と白のストライプ柄で女児にしては渋いセンスの浴衣を着ていた。


「見て。よしこがかんざし付けてくれた。」

瑠璃子はお団子頭で、

彼女の髪には白い菊の花が一凛咲いていた。


「へぇ~お婆ちゃん器用だね。」

雲雀は感心した。


なんとなく瑠璃子がいつもより大人びて見えた。



既に祭は人でごった返している。

今日は比較的気温が低く、歩いていても汗をかかない。


すれ違う人々の身にまとう

浴衣の水色や薄桃色が目に涼しい。


日が暮れてくると電気式のぼんぼりの暖かい灯りが闇夜に浮かぶ。

笛の音と足音が耳を通り抜ける。


雲雀は鼻いっぱいにお好み焼きの甘く香ばしいソースの匂いを吸い込んだ。

その時、何か酸っぱい硫黄のような匂いが雲雀の鼻を掠めた氣がした。


瑠璃子の手には大きなりんご飴がルビーのようにキラキラ光る。


瑠璃子はマイペースに雲雀をおいてぐんぐん先に進む。

雲雀もこれまたマイペースにゆっくり屋台を観察していた。


ただ、時折瑠璃子は後ろを振り向いて付いて来るのを確認していた。


雲雀も少し距離が開きすぎると駆け足で瑠璃子を追いかけた。


屋台には火尾烏の丸焼きが油でテカテカ照かりながら棒に刺されてクルクル回っていた。


時刻はようやく七時半、集合の時間になったので雲雀と瑠璃子は夏祭りの特設会場に赴いた。


だが、ここで事件が起きた。

山岡が居ない。

山岡だけじゃない。

ヒロピッピも高橋も村中も、バッチが星二つと星三つだった生徒四人が居ないのである。


保護者からの休みの連絡はなく、むしろ問い合わせると保護者の方が焦っていた。


丸メガネやその他の生徒に問い詰めても知らないとしか言わない。


しかし、クスクスとした声が生徒の中から漏れる。

缶バッチの連中は今日もきちんと胸元にバッチを携えていた。

彼は落ち着きがなく、悪い意味で興奮しているようであった。


側にいた担任の斎藤先生は新米ゆえ、どうすればとオロオロしていた。


合唱コンクール開催の時間まで刻々と近づいていた。


始まる前から暗雲が立ち込みはじめていた。

いや、そもそも最初から道先は暗かった。


「………もう終わり。私だけ必死にピアノ弾いて……みんなにバカさらすの。」 

マリアが悲しげに言葉を漏らした。


「……水嶋さん。」

雲雀は彼女にかける言葉が見つからなかった。


「マリアちゃん。そいつは違うよ。」

瑠璃子が後ろから声を発した。


驚いた二人は同時に振り返った。


瑠璃子は真っ直ぐマリアの目を見つめて語り始めた。

「山岡達なんて、寧ろ居なくて正々するくらい。幸い指揮者とピアノ担当が居る。

問題ない。」

「マリアちゃん下手っぴの私の音程取るの手伝ってくれた。みんなが練習参加したのもマリアちゃんのピアノのおかげ。」

「大丈夫。馬鹿なんて晒さらさせない。私も下手だけどできるところは頑張るし、みんなだってきっと歌う。マリアちゃんが一人でピアノ弾くことにはさせない。」


「瑠璃子ちゃん……」

マリアは瑠璃子の言葉に感極まった。

合唱コンクールでの放課後の居残りにより、二人の間には友情の芽が息吹き始めた。

もはや、瑠璃子はただのストーカーではないのだ。



そうして、時刻は20時を指した。

六年生の実行委員の司会が、マイクで進行する。


「それでは、皆さんお待ちかね!一年生の合唱曲は月村ほのか氏作詞作曲の『よるのかくれんぼ』です。年配の方にはお馴染みの幻想的な合唱曲が今宵祭の始めを堂々飾ります。では、一年生のみなさん、前に出て来てください!!」


そうして、四名足りない一年生の生徒達がステージの上に並んだ。


ステージ場に置かれたグランドピアノの前にマリアは腰掛ける。


指揮者の丸メガネが指揮台の上に立ち、指揮棒を手に握る。

彼の左胸には星二つの缶バッチがキラリ輝いていた。


丸メガネがカウントを始める。

「イチ、ニィ、サン、ハイ!」

マリアがピアノの鍵盤の最初を弾き、

生徒達が口を開こうとした瞬間、

丸メガネが指揮棒を落とした。


会場から意味深な物音がする。

観客席がざわめく。


そして、会場の電気が消えた。




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