山岡の乱前夜(16)山岡革命
――バタン。
音楽室のドアが勢いよく開く。
瑠璃子と雲雀が中へ入ってきた。
薄暗い音楽室、蒸し暑い空気が二人を出迎えた。
何十人の子供達がわちゃわちゃと各々の友人と固まって話をしている。
生徒達の視線が一瞬だけ一斉に二名の実行委員に注がれた。
雲雀が教室の皆に呼びかける。
「………僕はこれから阿久津先生を呼び戻してくる。」
「だから、みんな元の位置に並んで!!」
だが、生徒達の視線は既に雲雀になく各々の会話に戻っていた。
未だ教室に馴染めず、人望がまるでない雲雀。
生徒達は誰一人従わなかった。
「水嶋さん!悪いけどみんなを並ばせて、大人しくさせておいてくれない?」
雲雀はピアノの近くで数名の女子と話していたマリアに呼びかけた。
「えっ……いやだよ、なんで私が!?」
急な使命にマリアはさも迷惑そうに眉を潜めた。
「だってピアノ担当だじゃん……?」
雲雀が助けを求めるようにマリアを見た。
だが、マリアの返答は冷たい。
「無理に決まってるでしょ……!山岡君達だって居ないし……雲雀君が先生呼びに行くなら瑠璃子ちゃんが並ばせばいいじゃん!」
「……だって、神谷さんこの様子だし…」
瑠璃子は先程から雲雀の裾を掴んだまま俯いていた。
意気消沈。
皆の前に盛大に恥を晒したばかりの瑠璃子には、
とても実行委員としてキビキビ指示を出せるはずもないだろう。
「じゃあ、とにかく僕いくから!水嶋さん……みんなをお願い!」
そう言い残して雲雀は教室を出ていった。
瑠璃子もそれについて行く。
「えっ……ちょっ…まっ……」
突然、面倒な役を押し付けられてマリアは狼狽した。
マリアは雲雀とは日頃滅多に話さなければ、瑠璃子にも親しみを全く感じていない。
ピアノの担当の仕事には生徒を取りまとめることなど含まれていないのだ。
マリアからしたら従う義理もない。
だが、善良で人に漬け込まれやすい彼女は命じられるとどうにも従ってしまう。
「……みんな……?元の位置に並んで、とりあえず座って……」
マリアのか細い声は生徒達の耳にも入って居ない様子である。
マリアはおどおどと立ち尽くしていた。
「俺がみんなを大人しくさせてやるよ。」
突然の野太い声。
振り返るとマリアの背後には見慣れた巨漢児童の姿が……。
山岡は傍らに忠実な下僕三名を侍らせていた。
マリアは疑念に思った。
「や、山岡君……?」
この坊主頭いったいどんなつもりだ。
急に優等生にでもなったつもりか?
山岡はズカズカとピアノに無遠慮に近づいていった。
――パーン
鋭くピアノの鍵盤を叩かれた。
ざわついていた声が、ピアノの音に吸い込まれた。
「は~いみんな注目〜」
山岡は突然、ピアノの鍵盤をギャンと音を鳴らしたのだ。
生徒達の話し声が止まった。
皆の目が一度に山岡を見た。
「取り敢えず、一旦その場に座れよ。」
山岡は今度は両手で手を一回叩いた。
山岡は肉のついた手が鈍い音を発する。
教室の生徒達の大多数はそれに大人しく従った。
だが、山岡達の位置から遠く離れた、音楽室の後ろにいる子供四人はまだ立ってふざけあっていた。
丸メガネが彼らに鋭い注意を向けた。
「おい、田中とその周り。お前ら立ってるけど山岡さんに逆らうの?」
丸メガネ、ヒロピッピ、高橋の三人
が田中少年一行に近づいていく。
「ち、違う……」
田中少年一行はこの言葉に完全に萎縮してしまった。
四人は三人の悪童を前に顔を青くし身を縮める。
「じゃあ、早く座って。な?」
丸メガネがいやらしげな笑みをつくって威圧する。
「早く〜みんな迷惑してんだけど〜?」
ヒロピッピが苛々した様子で睨みつけた。
「………」
高橋が無表情で田中の顔に接近する。
田中の少年とその友人は、即座に降伏しその場に座った。
山岡は満足げに目元を細める。
「いや~みんながほんと早く座ってくれて助かった。」
これで教室の生徒達で立っているのは山岡と手下達、水嶋マリアの五名のみとなった。
「みんな、面白いことしたくないか?」
「なんなんですか、面白いことって!したい!早く説明してください!!」
絶妙なタイミング。
ヒロピッピが示し合わせたように発言した。
「まぁ、まず聞けって。」
山岡はヒロピッピの肩をポンと叩いた。
「その前にこれを言っておかなければならない………。」
山岡は数秒の間沈黙した。
そうして、ゆっくり口を開く。
「俺達の合唱は間違いなく失敗する。」
その言葉が音楽室に反響する。
山岡の鋭い声が重々しい響きをもってして生徒達の耳を突き刺した。
「まぁ、実行委員があの音痴な瑠璃子と賢ぶりぶりの雲雀だから当然だな。」
山岡はピアノの前から動くとぐるぐる座っている生徒達の間を歩きながら話す。
「おまけに瑠璃子の奴が阿久津を怒らせちまったからな。」
「どうせ失敗するなら練習なんかで時間を無駄にしたくねぇ。みんなそうは思わないか?」
「そうですよ!こんな馬鹿なことしてないでみんなで学校鬼ごっことかした方がよっぽど有意義………」
丸メガネが言いかけると、山岡が彼を睨んだ。
丸メガネに勢いよく近づくと、その胸ぐらを掴んだ。
丸メガネは巨体な山岡により、ブラブラと足を空中に浮かせる。
「黙れッ!!!!」
「す、すいません……」
丸メガネは萎萎と小さくなり、顔を青くした。
「俺の言ってる面白いことはそんな程度が低いことじゃねぇ!!!」
「は、はい!それはもちろんです!!」
ヒロピッピが食い気味に肯定した。
「ささ、山岡さん!早く続きを!!」
山岡に丸メガネの失態を忘れさせ、話しの続きを促した。
「……あぁ、それもそうだ。」
山岡は掴んでいた丸メガネを解放した。
丸メガネはドスンと尻もちをついて後ろから落ちた。
ヒロピッピが丸メガネを立たせると、山岡は再び語り始めた。
「……俺はな、昔からこの地域に不満に思ってたんだよ。」
一同はポカンとした、それがどう面白いことをする話に関係あるのか分からないでいた。
ついで、山岡が放った言葉に一同は衝撃を受ける。
「この街ははっきり言って糞だ。」
――パーン
高橋がピアノの鍵盤を叩きつけた。
高橋はピアノの席にそのまま腰掛けると、滑らかに指を動かしていく。
弾いているのはショパン「ピアノ・ソナタ第二番葬送第三楽章」である。
まるでピアノ担当のマリアの存在意義を奪うかのような、完璧な旋律。
阿久津女史が聞いたら感激涙、すぐさま音楽室に舞い戻るだろう。
「まず、街の天下はジジババの手だ。考えてみろ?老人クラブはドバイで旅行、シルバーパレスじゃドレスコードで舞踏会。それに対して、我らは学校、エアコンすらねぇ灼熱地獄だ。ひでぇとは思わねぇか?」
「おまけにあいつら、いつも俺等を監視してややがる。ちょっと悪さしたら、どこからか噂が広まるんだ。長い杖で挨拶がわりにゴツンとやられた奴もいるだろ?」
「はい!家の兄ちゃんなんて頭殴られ過ぎちゃっていつもコブさんがたっぷりついて、終いには足し算さえ間違えられる大馬鹿もんです!!」
「実に悲劇。ヒロピッピの兄貴は昔は街一番の神童で真冬の池に突っ込んで人間の耐久性を研究なされたり、学校にゲームを持っていってみんな笑顔にするような勇気と篤実を備えたお人だったのに……」
「それが今には、歩けば年寄りに道を譲り、学生の身で鼻垂れに勉強を教えて、生徒の前で計算を間違え笑われる始末。貰ったバイト代もじっちゃの病院代に溶けるばかり。そんな境遇でいつもニコニコヘラヘラしてるんだ。俺は涙が出るよ。泣きそうだ。」
山岡は顔を手で覆い、えーんえーんと大袈裟に泣く身振りをする。
ピアノの心を海底に沈み込ませるような憂った音色が音楽室の空気を暗くする。
ピアノの音がさも悲劇的なことを語っているように演出させる。
感じやすい生徒達の顔もどんよりと曇った。
「や、山岡さん……」
ヒロピッピは目に大粒の涙を浮かべ、泣き出した。
丸メガネはその背を擦った。
※ちなみに、ヒロピッピの兄はこの地域で評判の好青年である。
「俺の親父は朝から酒浸りだ。悲しいことにそんな大人が少なくない。実に醜い。汚い。恥さらし。」
「この街の大人がただでさえ腐ってる。………加えて、よそ者を受け入れない。新しい風がまるで入ってこない。この街の未来はもはや風前の灯だ。」
山岡が足をドンッと踏み鳴らした。
腕を大きく振り上げる。
「……そこでだッ!!諸君立ち上がろうじゃないか!!」
丸メガネが座っている子供達に立つようジェスチャーをした。
「俺達で乱を起こしてやろう……!!」
「旧体制の亡霊どもを今滅ぼそう!!」
――ウォォォォォォオオオオオ!!!!!!
大半の子供達は山岡の言ってることなどちんぷんかんぷんだったが、気づけば拳を振り上げて歓声を上げた。
BGM担当の高橋がショパンの「革命」を奏でる。
激情溢れるメロディーと子供達の熱気が教室を包んだ。




