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山岡の乱前夜(12) 地獄への入り口

エリクソンの提唱したライフサイクル論において、

児童期の自主性は達成せねなばならぬ社会的課題だ。


小学校のホームページにも以下のように記載されている。  


「この学校の教育方針として、生徒の自主性を育むことに第一を置いております!父兄の皆様、母様、安心してお子さんをお預けください。」


なるほど、校長の牛見先生も声高くおっしゃっている。

余談だが、牛見校長の子供達からの敬称はウシガエ門である。

以降彼を明記することがあれば子供達に倣おう。


この教育方針は、合唱コンクールにおいても顕著に表れている。


合唱コンクールはほぼ全て生徒の手により執り行われるのだ。


合唱コンクールに唯一直接関わる教師は、音楽教師のみ。


それでも、瑠璃子達一年生の実行委員はまだ、楽と言えよう。


教師に代わり実質的な采配を行うのは五六年生だ。

彼らの重圧は計り知れない。

五六年生の仕事には全学年の課題曲の選考、会場設営から、夏祭り当日――つまり合唱コンクール当日の児童の誘導まで含まれるのだ。

……さすがに当日の児童誘導は教師の手も入るが。


一年生の仕事ごときでヒィヒィ言っていたら、上級生から鼻で笑われることだろう。



---


――今は金曜日の一時間目の音楽の時間である。

授業で合唱の練習をしたのはこれで二回目。


前回の授業では、ほとんど過去の合唱の録音を聴いて、試しに課題曲「よるのかくれんぼ : 月村ほのか作詞」を一度口ずさんで終わった。


まだ、合唱における何の道理も分かっていないのだ。

本腰を入れるのは今日からである。


六年生の実行委員から放課後の練習を今日から取り組めとの指示もあった。


音楽教師の阿久津がピアノの前に生徒をを集め、細い指で鍵盤を叩く――。


*** 

「……そいで、最初だったかな……?次くらいの音楽の時間だったかもしれないけど、音楽の阿久津先生が――」


「ちょっと待って!!」

瑠璃子が叫んだ。

時は移りてここは9年後の世界。

瑠璃子の部屋である。 


「……なんでよ、急に?」


16歳の瑠璃子の目の前にいる雲雀は、話を突然中断されて不満そうにむくれた。


「……阿久津って言ったね。私、その女の話が出てくるならもう聞かない……!!」

瑠璃子の声は震えていた。

彼女の額には薄く血管が浮かび上がっている。


「なんでよ!こっからが重要なのに!!」


雲雀はかぷかぷ浮かびながら、瑠璃子の周りを飛んだ。


「……私がね、殺さなかったこと後悔した女だよ。」


瑠璃子は眉を顰めながら、雲雀をきつく睨んだ。


「でも、必要だよ。お願い聞いて……?」


「………」

瑠璃子は静かに俯いた。

雲雀はそれを――瑠璃子の了承だと受け取った。

また、彼は口を開いて長い話の続きを聞かせる。


ここまで読んでくれた方は疑問に思うかもしれない。


これまで度々雲雀が知り得ない山岡などの視点が出て来たがそれはなぜか?


実はこの理由は、小学生時代の物語は雲雀の回想ではないからである。


ややこしいが、神の視点によるタイムスリップだ。


雲雀が瑠璃子に昔話をしているのは事実だ。


しかし、雲雀がその時の情景をこと細かに記憶してるはずもない。


また、その時の心情までこと細かに語っていたら――


「長い!!」


……あまりの長さに瑠璃子がブチギレるだろう。


雲雀が瑠璃子を実は当時見下していた時期も記載されていたが、現実では話していない。


これを話していたらやはり瑠璃子はブチギレただろう。


実際はもっと短くかいつまんで雲雀は話しているのだ。


現実の世界ではまだ話初めて10分と立っていない。


では、諸々を了承していただいたなら過去に戻ろう。



---


阿久津恵先生は美人だ。


瓜実顔にまつ毛の長い切れ長の瞳が凛とした印象を与え、長い腰まである濡れた黒髪が白い肌に映えていた。


歳は四十の手前と囁かれているが、深窓の令嬢のような雰囲気がある。


頰の肉が落ち、目元にある小皺が年齢を感じさせる。


美しい花が美しさを保ったまま、ドライフラワーになったような萎れ方だ。


ただ、ヒステリックな美人だ。


これから、

この一時間目の授業で、

瑠璃子は生涯忘れられない屈辱を味わうこととなる――。


早すぎない、ゆったりとしたテンポのピアノの音が教室内を包み込む。


月明かりのように淡く濡れた音楽。

ひとつひとつの音が夜の静けさにぽつんと落ちるかのような雰囲気。  


まるで夜道の入り口のような印象がする。


これから起こることをまるで知らず、

小さな瑠璃子は、

阿久津女史が奏でる「よるのかくれんぼ」の音色にうっとり聴き惚れていた。




 



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