表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/73

山岡の乱前夜(8)座敷牢の会合

雲雀は進んだ。 

ぷ~んと湿気たカビの匂い。

ぶ~んと羽虫の羽ばたき音。

されど雲雀は止まらなかった。

延々と続く闇。

床板をギシギシ鳴らしながら闇を切り進んだ。

走れば走るほど歌声は大きくなった。


……いつかの夢の空のよに……晴れたら金の鈴あげよ……



闇の中から響く調子外れの旋律だけが世界との唯一繋がりに感じられた。


(それにしてもへったな歌だな!!ほんとうに!!)


次第に目が闇になれてきた時、

空間がパッと開けた。

そこに瑠璃子は居た。


小上がりの上に粗末な畳がしかれている。

木の格子が小上がりの周囲を固く囲っている。

格子の中の隅に瑠璃子は小さく固まっていた。



「神谷さんっ!!」

雲雀は呼びかけた。

しかし、反応がない。


格子に掴みかかり、囚われの瑠璃子に向けて呼びかけた。


「神谷さんっ!!」


「……私の願いを聞いたなら……甘いお酒をたんと飲みましょ……」


やはり、瑠璃子の反応はない。


瑠璃子は空間の一点を見つめ、ただ

耳障りな動揺を口先から奏で続けている。


その姿はまるで痴呆老人か壊れたラジオのようであった。


「いい加減そのヘタな歌をやめろよ!!!」


雲雀は怒鳴った。

その瞬間、瑠璃子の目は大きく見開かれた。



「あ゛っ!?」


「雲雀……あ、あんたどうしてここにいるの……?」


雲雀はそれを聞いて、ほっと息を吐くと口元をクイッと上げて微笑んだ。


「……決まってるじゃん助けに来たんだよ。」


雲雀は牢の扉に掛けられたかんぬきを外すと

座敷牢の中に軽々と入った。





パーソナルスペースなどない。

雲雀は瑠璃子の前にズカズカ近づいた。

一瞬躊躇し、瑠璃子に手を差し伸べる。


「さぁ、早くここから出よう!!」


我ながらかっこよく決まったな、

雲雀はそう思った。

瑠璃子も感動号泣または黄色い歓声をあげるだろうと予想した。



だが、瑠璃子の反応は違った。

――バシッ。

乾いた音がした。

瑠璃子は雲雀の手を払い除けた。


(えっ……?)


「えっ……?」


意外な反応に雲雀は呆然とする。

鋭く目を釣り上げると、

瑠璃子はヒステリックに怒鳴った。


「なにしてくれてんの!?よしこが来たらどうすんの!!」

「はやく引き返しなさいよ!!」





雲雀は動揺しながら瑠璃子に問いかけた。


「……ど、どうして?」


「どうしても何も!よしこがブチギレるからに決まってるでしょ!!」


せっかくここまで勇気を出して来たのだ。

雲雀も意地がある。


「嫌だ!!帰らない!!」


「あんな老人がなんだ!こんな家出ればいんだよ!!」



「そいで僕ん家にでも来ればっ!!」


勢いでとんでもないことまで口から飛び出してしまい、雲雀は頰を染めた。


(あっ……言っちゃった…)



雲雀は頭をポリポリかきながら瑠璃子の返答を待った。



一方瑠璃子、

意外な言葉を聞いて面食らったのか、スンと

顔から怒りの色が消えた。


「はぁ……?」


「………」


「それは嫌だ。」

瑠璃子な神妙な顔で言った。


瑠璃子のあまりに呆気ない返答。

恥ずかしさと怒りがふつふつと沸いてくる。

雲雀は赤面逆上で声を荒げた。



「どうして!?神谷さんは虐待されてるんだよ!!」


「てゆうか、なんだってこの家には座敷牢があるんだ!!」


「僕がどれだけ苦労したか知ってる!?」





脈絡なく思い浮かんだ言葉がぽんぽん飛び出す。


怒り雲雀。

きゃんきゃん吠えた。


「教科書わざわざ届けてやったのに!!服まで泥んこだよ!!」


「他人の家のトラブルに巻き込まれてさぁ!!」


「てか、僕のことアレって言ったし、蹴ろうともしたよね!!」


「あのおばあちゃんも絶対おかしいよ!!」


「人前で暴力奮って!!」


瑠璃子は先程のヒステリックさとは打って変わって、怒る雲雀を観察者の眼差しで冷静に見ていた。

挙句の果てには目の前に映る相手が滑稽に見えたのか、薄ら笑いさえ浮かべる始末である。

天性の才能。

瑠璃子は人を怒らせる技能だけは一級品であった。


ひとしきり吠えて、雲雀の怒りもおさまりかけたその時。


「この家にいたら今に殺されるんだ…!」


「とにかく一緒に脱出しよ……?」


「ふっ……ブホッ……」

瑠璃子は笑い声を漏らした。


それが雲雀の冷えかかった頭の熱を再び燃え上がらせたのは言うまでもない。


「なんで笑ってんの!?真剣に聞いてよ!!」


「ここまでくるのに大変だったんだよ!!」


プリプリ怒る雲雀。

いつもの癖で雲雀の目の節は涙が滲んでいる。


涙ぐみながら睨んでくる雲雀を見て、瑠璃子は遂に噴き出した。

「ぶへっ……あひ……あッハッハ……ご、ごめん……ね……」


「……そうね、そうだな……あひ……ありがと……心配してくれっ……ふへ…て」


瑠璃子は笑いすぎて口が上手くまわらないのか、言葉が中々出ない様子である。


「……んぐうぅ……!?」

雲雀はその様子にますます腹を立て、遂には一筋の涙が頰を伝った。


「いや、ごめ……ほんとうに、ありがたし、すまね……と思ってんのよ?」

 


瑠璃子は笑いながらバシバシ雲雀の背中を叩いた。雲雀がイヤイヤとそれを払い除ける。

瑠璃子の目がすっとすわった。



「……てゆうか、私も物申したいことあるし。」


笑いがようやく収まったのか、瑠璃子は平常の面構えである。

だが、声は震えていた。


「私の歌、あんたさっき聞いたね……?」




雲雀は頷いた。


「……ごめんね。」

謝らずには要られない。

先程まで被害者ぜんとしていた雲雀は、

コペルニクス的転換により加害者となった。


頭の中で先程のメロディーを再生する。

酷い、余りにも酷いものだった。

裏声になりかけないひっくり返った音。

リズムや音程なんてまるでめちゃくちゃである。

耳障りで聞くものに決して安らぎをもたらさず、神経を逆なでするかのような歌声。


(僕が、僕がおばあちゃんに実行委員のこと言ったから……)

合唱コンクールはきっと失敗するだろう。

絶対にその地位に据えてはいけない人物に引導を渡してしまった。

雲雀は紛れもなく瑠璃子という怪物を解き放ってしまったのである。

「私を助けてくれるんでしょ?」


「……責任とってよね。」


瑠璃子は諦めたように笑った。

目には深い憂いを映して。

雲雀は目の前の彼女が、一気に老け込んだかのように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ