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山岡の乱前夜(7)仏間の眼

雲雀はゆっくりと廊下を進んだ。

キシキシと音を鳴らしながらのそりのそり歩く。

ジリジリ握りしめた拳は汗でべったりと濡れ、指の先の色が抜け落ちた。


招かれてこの家に入ったはずが、忍びこんだ罪人のような心地がした。


(やっぱり、待ってれば良かったかな……) 

後悔が何度よぎったか分からない。

だが、気持ちと反対に足は進んだ。





――ジュワッ……パチパチ。


香ばしい香り。

衣が油で揚がる軽妙な音。

婆のうめき声。


「じゅうじゅう あがる おさけの天ぷら 」

「さくっと ひらいて あまい あまい」



居間を出て一二分。

無限のように感じられた暗闇は案外呆気なく、

ぼんやりとした薄明かりが身体を照らした。


そこは台所であった。


半開きにされた硝子戸からは光が漏れ出していた。


白い割烹着が忙しなく揺れ動く。

よしこは鼻歌を歌いながら、機嫌良さげに長い菜箸で揚げる前の状態の野菜類を突いていた。



「ほっ……」


雲雀は扉の隙間からその姿をしっかりと捉えた。

瞬間、握りしめていた拳の力が抜けた。


(よかった……ほんとに……よかった……)

よしこは言っていた通り夕飯を作っていた。

この様子だと、雲雀の想像していたような恐るべき虐待は行われていない。

――今この瞬間に限っては。


台所の部屋の中央にどっしりと構えた机の上には下処理済みの食材が今か今かと油の海を潜るのを待っていた。


この様子なら台所からよしこは離れられそうにない。


(……神谷さんを探すなら今だ!!)

瑠璃子を探すならよしこが動けない今が絶好のチャンスである。


雲雀はよしこに気づかれぬよう、忍び足で台所の前を通り過ぎた。


雲雀は目についた扉をどんどん開けていった。

平常時ならとんでもなく非常識だが、異常な家にはこちらも異常で返すのが礼儀である。


しかし、開けても大体の部屋にこれといって異常はない。

部屋は狭く小さく座敷牢がある様子はこれっぽっちもなかった。

  

雲雀は再び居間に戻ってきた。


(そういえば、ここはまだ開けてない……)

居間に隣接する仏間の存在を忘れていた。


襖を開けた。

ぶるりと身震いする。

仏間に入ると一気に温度が下がるのを感じた。

辺りを見回すと、

暗闇の中にいくつもの双眸が浮かび上がった。


「ひっ……!!」


その目の主の老人達は、梅干しのような皺くちゃな白い肌に黒い着物を纏っていた。


歯をんーーと突き出して目尻を細めて

口元を歪めた奇怪なミイラのような老人が雲雀を取り囲んだ。


――イッヒッヒ……アッハッハ…… 

雲雀の頭に笑い声が聞こえてくる。

それは雲雀を嘲笑っているようだった。


雲雀の眉間にぶわっと冷や汗が噴き出す。

雲雀は直ぐに引き紐を引いて、天井から吊るされた吊下灯に灯りを灯した。


辺りがパッと光に包まれ、視界が明瞭になった。



ご先祖の肖像が一面に飾られている。

先程の老人達はただの白黒な絵であった。


「アッハッハ……」



(だいじょうぶ、幽霊なんて非科学なものいるわけない……)

(ブッダだって、霊の存在は否定してるんだから……)


雲雀は必死に自分に言い聞かせた。

この頃の発言が後の自身の存在を否定するなど、この時はまだ思いもよらないだろう。


雲雀は仏壇を見て誘い込まれるかのように近づいた。


やけに立派な仏壇だった。


扉が左右に大きく開かれており、横に三メートル程あるだろうか。

細かな金細工の花が装飾され、柱には金の格子と緻密な彫刻が施されていた。

花瓶には毒々しい色をしたハイビスカスが活けられ、暑さで疲れたのか俯いていた。

線香の甘い匂いが鼻先をかすめた。

中央には阿弥陀如来の立像が鎮座している。

その眼差しは慈悲深く、口元は優しげに微笑んでいる。


しかし、雲雀にはその微笑みが嘲りに感じられた。


汗で濡れた背中からひゅんと寒気がする。


雲雀は御本尊から目を離そうとした。

しかし、不思議な魔力に取り憑かれたのか中々視線を動かせない。


嫌でも、じっくり観察してしまう。


(あれ……!?)


阿弥陀如来の半眼から覗いた、豆粒のような黒い瞳が左にさっとずれた。


全身に動揺が走った。

心臓がバクバクと脈打つ。


(見間違いか……?)


雲雀は恐る恐る仏壇の左脇に立って、御本尊に


目を凝らしてもう一度よく見た。


阿弥陀如来の瞳孔はきちんと白目の中央に鎮座している。


ほっと肩の力が抜けた時、雲雀は違和感を覚えた。



そこだけ壁の板の色が違った。

新しく張り替えられているのか色が他の壁より僅かに明るい。


コンコンと壁を叩くと、くぐもりながら奥で響くような音がした。


(ここだ……!!この先に空間がある!!)


雲雀は壁を叩いた。

しかし動く気配はしない。


壁を撫で廻すと柱との境界に隙間を発見し、そこに手をかけて力強く押した。


「……ふん!!」


思いの外呆気なく壁は奥に倒れた。

開き扉のような構造になっていたらしい。

開いた壁――扉はキイキイと笑いながら前後に揺れている。

扉の奥には細い通路が暗闇となって続いていた。

進もうにも雲雀の足が拒絶する。

家の廊下の暗闇を進むのと訳が違うのだ。 


雲雀の耳に何かの音が聞こえた。

ギョッとした。

雲雀は音を聞きとろうと全身の意識を耳に集中させる。


……てるてる坊主……てる坊主あ……した…天気に……


か細い声が空気の中でゆらゆら揺れている。


「……はっ!??」



……でない…とクビを……ちょん切るぞ……


それは瑠璃子の声であった。

雲雀は確かに姿なき者の声を聞いた。

それをSOSと受け取った。

雲雀は通路の中に猪のごとく突っ込んだ。

もう迷いはない。

暗闇の中を突き進んだ。

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