表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/73

山岡の乱前夜(5)鬼の家

雲雀、鬼婆、教師により瑠璃子は名誉ある大役に任命された。


合唱コンクール実行委員女子一名――神谷瑠璃子。    


***

あの日、婆が学校に電話した後。


よしこは突然雲雀の存在を思い出したのか、

声をかけた。

「ひっどい雨だねぇ……あんたも家で雨宿りしてきんさい。」


「ほれ、瑠璃子。雲雀ちゃんを家に入れてやりな。」


「……はっ?」


雨の中、呆けてへたりこんでいた瑠璃子。

それを聞くなり顔を歪めた。






「……いいよおばあちゃん……こっからそんな家遠くないと思うし……わざわざ家にあげなくてもいいじゃん」

「……あれも早く自分の家帰りたいだろうし……」


ボソボソと俯きながら呟いた。

完全な拒絶。

瑠璃子はもはや雲雀がそこに居ることを赦していなかった。 


「……あっ」

雲雀の胸に鋭い物が刺さった。

途端に先程の行いを後悔させられた。

瑠璃子の怒りが、自分に向けられるのは当然だ。

雲雀はその場で小さくなっていた。


「……ご、ごめん」

口から弱々しく言葉が出た。

しかし、その声は激しい雷雨にかき消された。


激しい雨音だけが辺りに響いた。


「瑠璃子ッ――!」

婆から激しい喝が飛び出た。


「汚い子だねぇ、あんたは!!

卑しい性根、醜いこころ!!とんだ小人物!!」

婆の枯れた身体は叫ぶ度にきしきし弾んだ。


「こんな雨の中友達を帰すなんてできるわけがないだろう!!」


「はるばる来てくれたのにお茶の一つも出してやらんのか!!」


「その子に八つ当たりするんじゃないよ!!恨むんだったらこのあたしを恨みな!!」

よしこ婆の容赦なし、雷雨のような言葉を絶え間なく叩きつけた。



瑠璃子はもごもごと口を動かした。


「……恨んるに決まってんでしょ……クソババ……」



「なんだい!?ブツブツ言って聞こえないねぇ?」

よしこは煽るようにしゃがみ込むと、地面にへたり込んだひ孫の唇に耳を押しつけんばかりき近づけた。



「……っ!!」


「とっとこくたばりやがれ!!この死に損ないのボロ雑巾がぁ!!」

瑠璃子は婆の耳を鷲掴みにし、怒鳴りつけた。





「あ゛ぁ!?」

よしこの身体がよろけた。

瑠璃子はすかさず婆の身体を強く突き飛ばした。婆は濡れた地面に尻餅をついた。

――バキャッ。

嫌な音がした。


「ひっ……」

雲雀は息を飲んだ。

目の前に行われている余りにバイオレンスな活劇にまるで現実味が沸かない。




数刻、婆は立ち上がらなかった。

婆のか弱い身体は小刻みに震えていた。

それが痛みのせいか、雨による冷えのせいかは雲雀には判別つかなかった。


瑠璃子はよしこを見下ろしていた。

まだ暴力による興奮の熱が冷めていないのか、その頰はほんのり色づいていた。

目はらんらんと光を帯びていた。


「ふふっ……」

次の瞬間――瑠璃子は足を振り上げた。



「あっ!?」

雲雀は叫んだ。

飛び出した。

そうして間一髪二人の間に入り込む。


「神谷さん!!だめだよ!!やめて!!」

濡れた震える婆にこれ以上暴行を加えるなど、流石に見過ごせない。

必死の思いで手を広げ婆を庇うべく間に入り込む。


「あ!?」

瑠璃子の動きは止まった。

ギロリ雲雀を睨みつける。


「誰のせいでこうなったと――」


暴行の矛先をよしこから雲雀にチェンジ。

再び瑠璃子は右足を振り上げた。


「……っ……」

雲雀はぎゅっと目を瞑った。

甘んじて瑠璃子から暴行を受けようと覚悟を決めた。

しかし、いくら待っても蹴りは飛んでこない。


恐る恐る目を開けると、雲雀の目に信じられない光景が飛び込んだ。



「!?」


瑠璃子はぶらぶら宙に浮いていた。



「くそっ……くそっ…」


憎々しげに瑠璃子は言葉を漏らした。



(……おばあちゃん!?)

雲雀は目を疑った。


――よしこだ。

あの婆が信じられない力で立っていた。

どこにそんな力があったのか。

枯れた細い腕で

瑠璃子の胸ぐらを右手で掴み、吊り上げていた。



「やってくれたね」

鋭く瑠璃子を睨みつける。



そうして、左手で瑠璃子の頰を激しく打った。

バチン――。空気を切り裂くような音がした。


「ギャッ!」

その衝撃――瑠璃子の身体は弾けた。

バシャンと水たまりに転がりこむ。



「あっ!?」

泥水が数敵雲雀の服に飛んだ。

真っ白なシャツの一点に隠しようのない汚れを残した。


婆は鬼の剣幕で、地面の瑠璃子に向かって叫んだ。


「人様の子に手を挙げるなんて!!あんまし悪いとまた座敷牢に放りこむよ!!」





婆の唾が霧吹きのように舞う、雲雀に吹きかかった。


地面に転がった瑠璃子も負けじと吠えた。

「入れろ!入れろ!あんな場所怖かないね!!」


「瑠璃子ッ――!」

よしこは泥まみれの瑠璃子を掴むと再び引っ叩いた。


「ギャッ!」

瑠璃子の身体が再び地面に打ち付けられた。

小さな身体がゴム毬のように跳ねた。


「いたっ……いたい……いたいよぉ……」


また、泥水が宙を舞う。

泥水が雲雀の服に茶色な花を咲かせた。

瑠璃子は打って変わって弱々しい声をあげた。

雲雀は呆然と二人を見た。


(……神谷さん……!!)


地面に転がりピクピクする瑠璃子。

雲雀には余りに可哀想に見えた。




よしこは転がる瑠璃子にズカズカ近づいていった。般若のような面構え。可愛いひ孫に見せる表情でなかった。

よしこは瑠璃子の耳をグイと掴むと、そのまま家の方に向かっていく。

瑠璃子は人形のようにぐったりしていた。





雲雀はよしこの恐ろしさに声も出せず固まっていた。しかし、勇気を出して声を絞り出す。

よしこの背中に声をかけた。



「……おばあちゃん、それ以上は……酷いことしないで……」


よしこは振り返り、雲雀に向かってにっこり笑みを向けた。

先程まで、怒鳴って体罰していた婆とは思えぬ穏やかな声である。

「別に酷いことなんてしないよ、ちょいとお灸をすえるだけさ。」



雲雀、呆気に取られ、表情の変化の速さに信じられぬ思いである。


「雲雀ちゃん」


「は、はい!!」

名前を呼ばれ、ぶるりと寒気がした。


「服、びしょびしょじゃないか。冷えちゃうよ。上がっていきなさい。」


「えっ……」

雲雀の背に、冷たい汗が流れ落ちた。

雲雀の足先はもう、門戸に向けられていたのだ。


婆の黒い目が雲雀をしっかり見ている。

その目は余りに優しく穏やかだった。

それがかえって気味が悪い。


(逆らったら、殺される………)

雲雀の胸に激しい恐怖が渦巻いた。


鶴の一声。

鬼婆よしこの老婆心により




雲雀は恐るべき神谷家の中に招き入れられた。 

よしこ婆と瑠璃子に続き、恐る恐る足を踏み入れる。

玄関から続く廊下には深い深い闇が広がっていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ