山岡の乱前夜(4) よしこ襲来
久しぶりです!いろいろ落ち着いたのでまた頑張ります!!読んでくれる人ありがとう!!
黒雲が地上に陰を落とし闇を呼び込んだ。
地面に叩きつけられた雨粒が、開け放した物置の扉から飛び込み雲雀の足をこそばす。
ねっとりとした熱帯風の湿気が肌を湿らした。
雲雀の目に映るのは
小骨を薄い皮膚で包まれた身体、風吹き抜けばすくわれそうな老女。
だが、目だ、目、二つの双眸。
それが老女を尋常ならざる神秘性を見せている。
巨峰のような濡れた黒目に青みがかった綺麗な白目は若い人の爽やかさがある。
日頃田道の老人の濁った萎みかかった目と比べたら、一目瞭然である。
勢いついた雨は老女の服は色を変え、肌に張り付いていたが、
婆は少しも気にした様子はない。
雲雀はその老女から、目を離すことができないでいた。
「……よしこ」
後の瑠璃子が消え入りそうな声で呟いた。
その声は震えていた。
(……よしこ?)
きょとんとして、雲雀は顔を傾けた。
(この人が――?)
婆は枯れた花弁のような薄い唇を開いた。
「――瑠璃子、その子は?」
ジロリと婆が雲雀の目を見つめた、雲雀の背筋はぶるりとした。
「……私の友達。」
瑠璃子は俯きながら応えた。
決して婆を見ようとしない。
「ふーん」
婆は小僧雲雀の頭のてっぺんから爪先までじっくり見通していた。
食材の値踏みするかのようである。
「はぁ~なるほどねぇ……」
なんと失礼なババアだろう。
この様子においては、陰湿な街の陰険老人面を吐露していた。
雲雀は不快がるどころか、脳内はめでたし桜色でそれどころではない。
(友達、友達かぁ……!)
頭の中でパッと言葉が咲く。
雲雀は心の中で何度も反復した。
呑気にも婆の存在を忘れて、雲雀はくすぐったい気持ちになった。
「……んふふ。」
頰が緩み、
気味の悪い謎の笑みすら口から零れた。
雲雀はそれほど面白い子供でもないので、婆の観察には数十秒でこと足りた。
全身一通り観て、婆の視線は雲雀の目に落ち着いた。
見つめられれば、間抜けん坊も流石にハッとする。
「か、風見雲雀ですっ……!!」
背筋をピンと伸ばして、恭しくお辞儀した。
流石、都会産の子供らしくここらへんはきっちりしている。
「そうかい……まぁ、これと仲良くしてやってよ…」
婆は白い歯を覗かせニッと笑うと
雲雀に興味を失ったのか、それきり視線を逸らした。
婆の視線は今度は瑠璃子の方を指した。
「瑠璃子。」
嗄枯れた耳に響く声でその名を呼ばれる。
ビクッ、呼びかけられ瑠璃子の肩が震える。
「話しがあるだろう?」
婆の目が鋭く光った。
「……学校を抜け出してごめんなさい。」
瑠璃子はしょんぼりと頭を下げた。
犬のごとく従順である。
婆にめっきり調教されているのであろう。
「まったく、連絡きてびっくりしたよ。」
婆の声は低く穏やかであった。
「いったい、どうして逃げちまった?」
小さな子供に呼びかけるようである。
「………」
瑠璃子は貝のように固く口を閉ざした。
だんまりを決め込む。
「教えておくれ。」
「………」
「いいな。」
婆の声にだんだん荒ぶりの色が帯びた。
「…………」
とうとう堪りかねたのか、雲雀がいるにも関わらず婆は怒鳴った。
「言うんだよっ……!!」
「!?」
声が空を切り裂いた。
突然の大きな声に雲雀もビクッとした。
「………」
瑠璃子は尚もだんまりだった。
婆はイライラした様子で懐からライターとタバコを取り出した。
しかし、雨でタバコがつかない。
「クソッ!!」
婆は短く叫び声を上げると、
ライターを地面に叩きつけた。
ピシャっと水たまりが跳ねた。
空は先刻、どぉどぉ唸り出し遠くから雷鳴が聞こえた。
荒ぶる婆と荒ぶる天気に雲雀は焦り出した。
焦りながらも心の隅にはワクワクする自分がいるのを雲雀は認めた。
(これは……まずい……!!)
(こんな空気もう耐えられないよ……)
(どうにか、この場を治めないと!)
誰も頼んで居ないのに、いつものしゃしゃり癖
と結構な正義感が生じた。
「実は合唱コンクールの実行委員決めがあって――。」
雲雀は横目でチラチラ瑠璃子の様子を伺いながら今日の出来事の顛末を語った。
(神谷さん、ごめん!!)
瑠璃子は触れられたくないだろう、だがそれ以外に話すことがない。
一ミリに満たない罪悪感に雲雀は苦しくなった。
「………っ」
瑠璃子は呪詛の籠もった目で、わなわな震えながら雲雀を睨みつけた。
「ふーん」
婆は小型電話端末機を手提げから取り出す。
「瑠璃子。」
ビクッとまた瑠璃子が震えた。
何かを察したらしい。瑠璃子は哀願するように首を左右に振った。
「それだけは……いやだ……いやだよ」
「ふっ……」
婆は軽く笑い、どこかしらに電話を掛けた。
スマホの着メロから流れ出たチャイコフスキーの悲愴が悲しみを誘う。
数秒の後電話は繋がった。
かける場所といったら学校のみ。
「はい、はい、今日はすいません。あの子がご迷惑を。いえ、いえ、ちゃんと居ました。」
「無事です。それで、あの子も反省してるみたいでどうかご堪忍を。」
「ほんとに済まないと思ってるみたいで、ぜひ実行委員を引き受けたいと申しております。」
悲しみ一変、ブチギレ。
最悪に直面し瑠璃子は叫んだ。
「はあああああ!?」
ズバッと立ち上がると婆に掴みかかった。
婆は瑠璃子の手に全く動じない。
「いいじゃないか実行委員。汚名返上の大チャンス。そんな大役に預かれるなんて光栄だよ。」
「……私はぜっったいに嫌だからね」
「……どうしてもって言うんだったら!」
「あんたの目の前で死んでやる……!!」
魂の絶叫。
瑠璃子の顎からは水滴が零れ落ちた。
それに対し、婆の声はあんまりにも淡白だった。
「いいよ。」
「その程度で死ぬ奴は間引く。」
空がピカッと光った。
婆の姿が白く照らされる。
ズドダダン――数秒の後雷がなった。
「生き残った奴だけだ。あたしのひ孫と認めてやるのわ。」
瑠璃子の服を掴んだ手がゆるゆる滑り落ちた。
「…あ?……は?」
絶望図りしれず、目から光が消えている。
「……!?」
その冷淡さに雲雀もショックを覚えた。
瑠璃子はシクシクと肩を震わして泣いた。
泣きながらその目は婆を睨みつけていた。
遠くからはまた雷が鳴った。




