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口を慎め。

図書館の建物から足を踏み出すと街は既に夕焼けに紅く染まっていた。

夕方の涼しい風が肌に心地よい。

カァカァと辺りでカラスの鳴き声が聞こえる。

空では2匹のカラスが親しげに並んで飛んでいた。


雲雀は弾んだ声で瑠璃子に話しかける。

「神谷さん次に読んでみたい本のジャンルとかある?」


「特にない。」


「じゃあ、次は昔の文豪の本とか読んでみようか!」


「え〜、なんか字とか難しそう……。」


瑠璃子がちょっぴり不満そうに眉をひそめた。

このころ、瑠璃子は雲雀の前で以前より表情鮮やかである。



「大丈夫!横で僕が教えてあげるからさ!」

雲雀はえへんと得意げに胸を張った。


「そう?じゃあ、読んでみたい。」


「よし!決まりだね!」

雲雀は嬉しそうに拳を握りしめた。

今日あった最悪なできごとが、まるで嘘のように思えた。


――だが、雲雀の幸福も終わりを告げた。

彼らの前に、ぼうず頭の影が立ちふさがる。



「よぉ瑠璃子、今日もぼっちな雲雀のためにわざわざ時間無駄にして付き合ってやるなんて、お前も暇人だな。」


「山岡、何でいんの?」

瑠璃子が怪訝そうに山岡を見返す。

彼の半ズボンのポケットは、なぜか不自然に膨らんでいた。


(まさか、ずっとつけてきたのか……!?)

山岡がここにいるということは、学校からここまで尾行し、二人が図書館から出てくるのを待っていたのを意味していた。


山岡の尋常ならざる執念に雲雀の背筋は凍った。


山岡はチラッと雲雀に目をやると馬鹿にするように鼻を鳴らした。水膨れた顔に埋もれた小さな目が光を放つ。 


「俺だったらこんな奴のために……自分犠牲にしたりしねーけどな。」



その一言が、雲雀の神経を逆撫でした。



「僕は神谷さんのためを思ってっ――!!」


叫ぶように言い返した雲雀、だが山岡は冷たい眼で彼を見返す。


「……ちがうな。自分のためだろ?」

その言葉は、心の奥に突き刺さった。

雲雀の胸に、鈍い痛みが走る。



「!?」

思わず息を飲む。

山岡は口元を歪めて、さらに言葉を続けた。


「瑠璃子に執着しやがって……気持ち悪ぃ。可哀想に、お前、友達いないもんな。自分が誰かのヒーローになったつもりで、必死に自尊心保ってんだろ?瑠璃子を盾にしないと周囲と関われないなんて――惨めだな。」  


山岡の容赦のない言葉の数々が矢の雨となって雲雀に降り注ぐ。


先程大量に流したはずの涙が泉のように再び湧き出てきた。

目の前の山岡の顔が歪み出す、雲雀は必死に涙を垂らさないように堪えた。


(こらえろ……ころえるんだ……。こんな奴の前で泣いてたまるもんか……!!)


盛んに瞬きをし、涙を抑えた。

キッと眉を潜め山岡を睨む。




雲雀の大きな叫びが空を切る。


「僕は……惨めなんかじゃない!!お前のが惨めだ!!」


その声に合わせて、夕暮れのカラスが一斉に鳴いた。



瞬時に雲雀の脳裏にある言葉が浮かんだ。

明らかに一線を越えた一言。 

普段ならたとえ思い浮かんでも絶対に口には出さないだろう。


だが、どうしようもない怒りが雲雀の理性を、良心を、簡単に打ち砕いた。


「……山岡のお母さん、魚屋でバイトしてんじゃん……!!」


ついに言ってはいけない領域に踏み込んだ。

瑠璃子は大きく目を見開いて雲雀を見つめた。


だが、激しい憤怒が雲雀の視力までもを奪い去ってしまった。


もう周りの景色さえも彼には知られない。

一寸の理性も働かず、今ここで今までの一切の屈辱を己の敵に晴らさんとす。


感情の奴隷となった彼の口は、呼吸すらも忘れて言葉を吐き続けた。


「毎日朝早くからあかぎれまみれの手で魚臭プンプンさせてさ、まったくご苦労なことだよ!!」


「それでも貰えるお給金は雀の涙。まったく惨め爆笑だね!!」


「お父さんの方は朝から素敵なお仲間と愉快にちっさい台で牌ならべて、くっちゃべって、

こっちは笑えないね!!」



「………。」


山岡の瞳は蔑みの色を讃えじっと雲雀を見つめていた。


「僕が言いたいのは――その父母の血を注がれた山岡、お前は最低だっ……!!」


あまりの早口で話したため、雲雀は肩でハァハァと息をした。

同時に雲雀の頭に登った熱が急速に冷めていった。


「あっ…」  




後悔が押し寄せる前に、鋭い痛みが彼の頰を掠めた。


「……!?」

咄嗟に雲雀は仰け反った。

混乱して、状況がうまく飲み込めない。 


背後に何かが落ちる音がした。

振り向くと、ゴルフボールほどの大きさの石がコロコロ転がっている。


「っ……!?」

山岡に向き直す。

奴の右手には先程まで無かった石が、15センチほど垂直に空に向かって飛んで跳ねた。


そうして石ころは、落ちては山岡の手に収まるのを繰り返す。


(……ポケットに仕込んでいたのか!!)


右ポケットはペタンコに戻っていたが、

左のポケットはまだ、パンパンに膨らんでいる。



山岡の顔は能面のように無表情だった。 

目の奥にだけは冷たい光を帯びていた。


雲雀の口の中は急速に冷え、握りしめた手は冷や汗でぬるりとした。


山岡は雲雀の目を見つめながら口を開いた。


「口を慎め。父母への侮辱は赦すが俺様への侮辱は一切を許さねぇ。」


まるで教師が出来の悪い子供に言い聞かせるようにゆっくりとした口調。


その声からは一切の感情が読み取れ無かった。


それが逆に、ただならぬ威圧感をかもし出していた。


直後、山岡は直ぐにまた嫌らしく口元を歪めた。


先程と打って変わってあからさまに大きな声が空間に響いた。



「おめぇの渾身の罵倒が両親への悪口ってことはよっぽどママン、パパンが大好きらしいなぁ!?」


ニタニタ笑いながら雲雀の反応を伺う。


「口を閉じろよ。二度とママンのお乳が吸えなくなるぜぇ?」


山岡は小学生にして獲物の苦痛に悦ぶまごうことなきサディストであった。


「…やまおか…!」


雲雀の顔はナスのように青く染まった。

震える口を必死に動かして

出てきてはたったのそれだけである。



もはや戦う気など起きなかった。

雲雀は恐怖で引きつり、芋虫のごとく身を縮めた。


敗北――もはや雲雀が山岡に屈服させらてたことは明白である。


雲雀はただぷるぷる震えながら山岡を見ることしかできなかった。 


山岡の巨体は、雲雀にとって以前から何倍にまして大きく思えた。


「ヒッヒッヒヒッヒッヒ……アヒャッヒャッヒャッヒャ……!」


山岡は雲雀の方にゆっくりと一歩、一歩、歩み寄ってゆく。


山岡の右手では石が跳ねていた。

雲雀はぎゅっと両の眼を瞑った。

瞑った瞬間、涙が頰を濡らした。


――その時、今まで忘れさられていた瑠璃子が声を荒げた。



「あんたたちいい加減にして!!」


辺りが静まりかえり二人の意識が、瑠璃子に向けられた。




「……私から言いたいことが二つ。」


「第一に雲雀、私のママも魚屋でバイトしてるから。」


「別に私は惨めだと思わない。山岡のママね魚裁きすっごく上手で家でのお祝いの刺し身は全部山岡ママが裁いてくれてる。」


「てゆうかあんた、山岡本人を侮辱するならまだしも、その親を馬鹿にして、血筋に言及するって山岡本人にはそれ以外言うことがないって言ってるみたいじゃん。」


「山岡の行動について正々堂々言えよ。言い返せないからって親に逃げるのはダサい。」


「第二に山岡、私は好きで雲雀とつるんでる。あいつの言いなりになってるわけじゃない。山岡に私の交友関係までとやかく言われる筋合いないから。」


「!?」


雲雀は瑠璃子の言葉に呆気にとられていた。

瑠璃子がこんなにも自発的に長く言葉を話している姿を見たのははじめてであった。


同時に彼女の言葉が鋭く胸に刺さった。


先程の自分は瑠璃子にはどんなに醜く映ったことだろう。


瑠璃子は真っ直ぐな眼で山岡を映していた。


「石を今すぐ捨てな。もうすぐ六時の鐘がなる。図書館が閉まるからぞろぞろみんな出てくる。見られても良いわけ?」



山岡は一瞬真顔になった。

彼の石を垂直に投げる手が止まった。


「………アッハッハハッハッ!!」

大声で笑いながら手を猿のように叩いた。

既に石は彼の足元に転がっていた


「……そうだな、邪魔した。」



「じゃあな、瑠璃子。」 


山岡は口をニッと歪め、一層薄気味悪い笑みを雲雀に向けた。



「雲雀ぃ……また学校で仲良くしようなぁ……♡」


山岡は二人に背を向け、夕暮れの中に姿を消していった。


山岡の姿が消えるやいなや、瑠璃子が地面にドスンと崩れ落ちた。


「神谷さん……!?」

雲雀は驚いて瑠璃子に駆け寄った。



「あぁ……怖かった……」

そう言った瑠璃子の肩は小刻みに震えている。


「まさか、石投げるほど馬鹿じゃないって思ってたけど……見当違いだった。」


瑠璃子は軽く土を払いながら立ち上がると

、雲雀の頰に優しく手を当てた。


「!?」

雲雀は咄嗟に身を固くした。


「……大丈夫?頰怪我してない?」 

どうやら彼女は傷口を確かめているらしい。


頰に触れた瑠璃子の手は柔かく暖かい。


雲雀は顔を逸らすこともできずにドギマギ

とした。


「ちょっと擦れたけど平気だよ……。」

目の前の瑠璃子を直視できず、目線をそっぽにやった。


「そう、良かった。」

瑠璃子はその言葉に、直ぐに手を離した。


ちょうどよく六時を告げる鐘がなった。

町内のスピーカーからは夕焼け小焼けの郷愁を感じるメロディーが流され始めた。


図書館からはぞろぞろとお年寄りや勉強にきた学生が出てくる。


雲雀は目元の涙を拭い去るとそっぽを向いたまま瑠璃子に語りかけた。


「早くしないと暗くなっちゃう……そろそろ帰ろう……」



「うん。」

二人の影が並んで細い砂利道を歩いてよく。

雲雀はチラッと横目で瑠璃子に視線をやる。


夕陽に照らされて歩く瑠璃子の姿が雲雀には以前とは違うように思えた。 


(僕は……今までとんでもない思い違いをしていたんじゃないか……?)


そんな思いが彼の脳裏によぎる。

横に並んだ瑠璃子の姿もまた雲雀には大きくみえた。


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