同級生育成計画
――万物は言によって成った。成ったもので、言によらず成ったものは何ひとつなかった。
引用:新約聖書「ヨハネによる福音書」
私たちが思考する際に頭に思い浮かべるものはなんだろうか。
映像?音声?そして――言葉?
実は多くの人は頭の中に「言葉」を思い浮かべて思考していると言われている。
もっとも頭の中に映像を浮かべて考える人もいるかも知れないが言語思考タイプが大半を占めるだろう。
「言葉」は世界を映す鏡であり、時にそれを作り変える道具である。
――雲雀は瑠璃子に言葉を与えた。
それは彼女の眠っていた思考を呼び覚まし、内なる世界を解き放った。
特に言語能力、虚構を語る能力は唯一無二。
言葉により即席で世界を作り上げてしまうのである。
認識した世界を言葉により再解釈して定義し直し認識を歪め自分の世界すらも作り変える。
まさしく世界の想像と破壊。
想像の世界では言葉により人は神にもなれるのだ。
悠久を得て約七万年前の人類に突如として巻き起こった認知革命が、再び時を超えて日本の小さな田舎町の少女にもたらされたのである。
もともと瑠璃子には適性があった。
彼女は他者に表すことができないだけで彼女の内には広大な自分の世界が常にあった。
雲雀は眠っていた彼女の才能を最大限引き出す手助けをしたのだ。
***
給食を食べて昼休みを終えた――5時間目の授業。
美術室の窓からの暖かな陽光が眠気を誘う。
担当の図工教師は課題だけ与えてうつろうつろと眠りにこけっている。
それを良いことに大半の生徒は真面目に授業に取り組まない。
「アヒャヒャヒャヒャ」
山岡とその手下達は早急に美術室から抜け出すと廊下でほうきを使ったチャンバラをはじめてしまった。
「ヴーゲェ〜!!」
「アッひゃー!!」
廊下からは騒がしい声が聞こえるが、注意する者は誰ひとりとして居なかった。
いくら山岡達が声をあげても図工教師は眠りを覚ます気配はない。
明らかに定年後の再就職な年老いた好々爺。
サンタクロースのような白い豊かな髭が淡く輝く。
柔らかな日光に白い生気の抜けた肌が晒される姿は、見ていて生きているのか不安になる。
彼の寝ている姿を絵に描いて、天使を付けたせば立派な名画だ。
タイトルは――「老賢者の昇天」
そんなことをぼんやり考えながら雲雀は色鉛筆を握った。
少数の真面目なクラスメイト達はいくつかのグループに別れて果物の写生の最中である。
雲雀も一応はその中にいた。
雲雀と瑠璃子は同じグループで与えられた課題はりんごであった。
床にりんごを置き、その周りを囲うようにして
子供達がにらめっこをしながらスケッチブック片手に色鉛筆で描いていく。
(めんどくさい、早く終わんないかな…。)
この早熟で大人を舐めきった嫌味な子供は、この手の学力に直接結びつきそうもない実技教科が大の苦手だった。
(適当に丸描いて棒つけて…はいっ!完成!!)
開始5分で雲雀は課題を完成させると、傍らで絵を描いている瑠璃子の日課の観察を即座に開始した。
思えば彼はこの頃からストーカーの片鱗を見せ始めていたのかもしれない。
瑠璃子は真剣な表情でりんごに向き合っていた。
眉を上げたり下げたり、筆がのりはじめたのかニンマリしたかと思ったらその直後に苦い顔をする。
いつもはあまり表情を表に出さないのに、今日に限ってころころ変わって面白い。
他の生徒は続々と完成させて友達とくっちゃっべったり、落書きしている間も瑠璃子は黙々と手を動かしていた。
暫くして瑠璃子の手が止まって彼女が一息ついた瞬間――雲雀は瑠璃子に声をかけた。
「神谷さん!ちょっと絵見せて!!」
そう言って半場強引に絵を覗き込んだ。
「……!」
言われた瞬間、瑠璃子はビクッと肩を震わせる。
覗き込んでくる雲雀に困惑した様子である。
「わぁ……!!」
見た瞬間彼は感嘆の声を上げた。
形の正確さはもちろんだし、りんごの鮮やかな赤、かすかな白い斑点、りんごのケツの部品の僅かな青み、ハイライトにはうっすらと教室の背景まで映りこんであった。
色鉛筆の重なりが作る複雑な赤がりんごを本物のように浮かびあがらせている。
おそらく影や光によってその色や濃淡を変えているのだろう。
小学1年生が描いたにしてはあまりにも見事な代物だ。
「神谷さんのりんごの絵すごく上手だね!!」
「……うん。」
瑠璃子は少し照れくさそうに頷いた。
頰がほんのりと色づく。
(こんな顔もするのか……。)
おそらく山岡などには見せぬ顔だろう。
雲雀はまじまじと見つめた。
その間高速で思考を巡らす。
(……確か、以前読んだ本で異なる言語によって世界の見え方が変わると。)
(虹の色が国によって違うのも言語の影響だ。)
(だったら……神谷さんに「言葉」があれば世界の輪郭をもっと鮮やかに描ける!!)
(神谷さんは極端に言葉が少ない。
逆説的に…もとから観察力にたけているから言語能力も高めることができるかもしれない…!!)
(そうだ言葉だ!言葉さえあれば神谷さんはもっと自分を表現できるんだ!!)
(僕なら…!僕ならそれができるっ!!)
「……?」
瑠璃子は長時間じっと自身の顔を見つめて身動ぎひとつしない雲雀を訝しんだ。
「神谷さん、放課後一緒に図書室寄って帰ろう!!」
突然雲雀がパッと顔をあげた。
輝かんばかりの満面の笑みに瑠璃子は圧倒された。
瑠璃子の目が泳いだ、どう応えて良いのか分からず焦っている。
「行こう!!絶対一緒に!!」
雲雀は語義を強め瑠璃子に詰め寄った。
周りの生徒はその様子に興味津々にヒソヒソと伺う。
「……分かった。」
雲雀のあまりの圧が瑠璃子の迷いを押し流した。
この日から雲雀と瑠璃子の放課後の図書室通いが始まった。
***
「………。」
山岡は廊下でほうきを振り回していた手を止めた。
騒ぎの合間、ふと教室の窓から目に入った二人の様子。
そこには今まで見たことない顔で笑う雲雀とそれに応える瑠璃子の姿があった。
「……どうしたんですか?山岡さん?」
突然動きを止めた山岡に、手下のヒロピッピが声をかけた。
ヒロピッピが声をかけた瞬間、山岡はほうきを振り上げた。
「……何でもねぇよ…油断すんな!!」
そう言って山岡はヒロピッピの脳天にほうきで一撃を与えた。
「ヒャアっ!!」
ヒロピッピは情けなくも脳に加えられた衝撃でふわっと地面に崩れ落ちた。
「……ケッ。」
山岡はヒロピッピを一瞥すると視線の先は瑠璃子と雲雀の二人に戻っていた。




