小学一年生 かみやるりこ
「神谷さん、毛長鳥について教えて。」
「毛長鳥とは九州地方と近畿地方に分布する大型の鳥類で主にカナラ虫を主食とする。手長鳥という名称の由来は前翼の羽毛が極端に長いことからつけられた。最長のものは十メートルを越えたという記録もある。害虫を主食とすることから近畿地方では豊穣の神獣として崇められている。一方九州地方ではメジャーな食料であり郷土料理に食材として使用されている。また、近縁種に大陸ランドリなどがあり、近年では外来種との交雑から絶滅が危惧され――」
「素晴らしい……!」
雲雀は感動してうっとり息を飲んだ。
今や神谷瑠璃子は彼の作り上げた芸術だ。
自身の作品の成長に雲雀の目頭は熱を帯びた。
(すごいよ…!すごいよ神谷さん…!何も知らないくせに……!あっという間に作り上げちゃって!!よく顔色ひとつ変えずにスラスラ嘘八百並べられるね…!!)
「神谷さん、カナラ虫は九州地方にはいないんだ。カナラ虫は寒冷地域にしか生息しないからね。それから――」
彼は興奮で感極まっていたが必死に抑えた。
できるだけ、賢そうな顔を使って無知な同級生に講釈たれてやる。
もっと言うと毛長鳥なども存在しない。
たった今彼が作り上げたデタラメである。
「そうか。」
瑠璃子は特に悪びれもせずそう言った。
(ここまでくるのに苦労したなぁ……!)
雲雀はぎゅっと喜びの拳を握った。
瑠璃子と知り合って約一カ月。雲雀は彼女の性質をようやく少し理解した。
はじめの方はただただ戸惑うばかりだった。
極端に口数が少なくひたすら自身の跡をつけてくる、いわば幽霊のような不気味な存在。
最初はひょっとして惚れられてるのではないかと思った。惚れられた者の優越で若干良い気にもなっていたのである。
ところが、瑠璃子は付き纏ってくる割には話かけても最低限度の反応しかしない。
異性であることもあり到底友人になどなれないと雲雀は思った。
しかし、観察して見ると瑠璃子が妙な態度をとるのは雲雀だけではなかった。
例えば山岡。彼はしょっちゅう瑠璃子にちょっかいをかけた。
瑠璃子に拳を振り上げ当たるか当たらないかの瀬戸際で止める。すれ違いざまに耳元で大きな声を出して驚かせようとする。
しかし、大抵彼女は山岡など見えていないかのように無反応なのである。
だが、突然烈火の如く爆発する。
いきなり山岡の腹部めがけて腹蹴りをかまそうとしたり殴りかかるのだ。
大抵山岡はこれを軽やかに避ける。
避けた後瑠璃子を見てニヤニヤと満足そうに笑うのだ。
山岡という男はとにかくこの珍獣の反応を見て喜んでいる。瑠璃子が山岡に一言声でもかければさらに面白がらせるだろう。
加えて、瑠璃子に同性の友人は見当たらない。
彼女が唯一交流のある女子は水嶋マリア、三つ編みのいかにも大人しそうな印象だ。
交流があると言っても二人は特段話さない。
だが、雲雀に付き纏わない間は大抵瑠璃子はマリアと一緒にいる。この奇妙な関係に雲雀は興味を持った。
「水嶋さんは神谷さんと仲良いの?」
思い切ってマリアに聞いた。
「はぁ……」
マリアは一度溜息をつくと、視線を落とした。
「違うよ、一回優しくしたらそれからずっとついてくるようになっちゃっただけ。あの子喋らないしほんと何考えてるかも分かんない。……正直気持ち悪い。」
低く冷たい声。大人しそうなマリアが胸にこんな思いを抱いていたことに衝撃を受けた。
実体は、瑠璃子がマリアに付き纏っているだけだったのだ。
雲雀は瑠璃子の観察を続けその生態の解明に勤しんだ。
付き纏ってくるので観察は容易だ。
しばらく瑠璃子を観察してある仮定を立てた。
――神谷瑠璃子は自身の感情を他者に表現する術を知らない。
そのため感情表現が無反応だったり攻撃的だったり極端になるのだ。彼女には喜怒哀楽がないわけではない。給食にプリンが出た日にはほんのり口角が上がるし、体育の先生に怒鳴られた日には半泣きになっていた。それにいくら話かけても最低限しかこないと言っても山岡と雲雀ではやっぱり違った。山岡の時は眉が寄っているが自身が話かけた時には短い返答の中で声が僅かに高くなる。
好かれているのだ雲雀は確信した。
それは恋情ではないかも知れない、だが、確実に懐かれてはいる。
――正直気持ち悪い。
マリアの言葉が脳裡に反芻する。
雲雀の中でウチなるヒロイズムが開花した。
(僕なら神谷さんを救える…!!)
雲雀は瑠璃子を育て上げることに決めた。




