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風船豚は今日も産まない

瑠璃子の理想的な一日


24時間睡眠


「ねぇ、これ死体でよくない!?」


「…ずっと、寝てたい。」


「僕はるりちゃんが生きたいって言うから認めたんだよ!もし、気が変わったって言うんだったら、いつでも歓迎するけど?」

そう言った雲雀の声は身体を突き刺すような冷たさを持っていた。


しかし、すぐに柔らかい声色に戻った。

「るりちゃんが思う真剣に過ごす一日を考えて見て」


瑠璃子はしばらく手を止めてから、再びペンを動かしはじめた。


「書けた?」

「うん」

「じゃあ、説明してみてよ」


***

瑠璃子の理想の一日


暗闇の中、私は目を開いた。

ベッド横のカーテンを開いて窓を開ける。

朝の玲瓏な新しい風が頰を撫で、私は鼻いっぱい空気を吸い込み吐き出した。 

布団を整え、

ベッドから軽やかな足取りで降りると、真っ先に階下の洗面所に向かった。


蛇口を捻り、冷たい水を顔に受けると

PCの電源が入ったように目が覚めた。


それからまた忙しく、自室へと駆けた。

クローゼットから真っ白なシャツを取り出す。

袖に腕を通すとジャスミンの微香が鼻をかすめる。


お気に入りのタイツとスカートを履き、ネクタイをきっかり締め、

ジャケットを羽織り、姿見に立つ。


鏡に写る女はいかにも聡げな引き締まった表情で、目は希望に満ちてきらきら光っており、私を大いに満足させた。


仕上げに、低い位置で左右におさげをきつく結ぶ。


私の一日が始まった。


階段を優雅に降り、居間で家族と顔を合わせ朝の挨拶をする。


朝食は温かい味噌汁と、塩気のきいたおシャケ、炊きたての新米。


テレビからの喜ばしい報せ。

動物園で絶滅危惧種の風船豚の赤ちゃんが誕生したらしい。 


国は半世紀前からこの愛らしい豚が再び空を飛べるように努力を尽くしていた。


画面の向こうでは、

風船豚の幼体がぷかぷかと楽しげに浮いていた。

親のメス豚の慈愛の籠もった母の目が私の胸を焦がす。


穏やかで緩やかな時が流れていた。


私は新しい生命の誕生を祝いながらシャケをを噛み締めた。


行ってきますの元気な挨拶をして家を出る。


軽やかな足取りで、暖かな日光を受けて歩き出す。


駅にきて電車に乗るとすぐに鞄から参考書を取り出した。


勤勉な私はどんな時間も無駄にはしない。

生命の覇者としての崇高な知性が偉大なる先人達の努力の集大成をまたたくまに飲み込んでいった。


学校につく。

廊下でクラスメイトとすれ違い、静かに会釈した。

偉大なる教師先生の授業は私の胸を高鳴らせた。

教師のどんな言葉を聞き漏らさない。



家に帰ってきたら即勉強、知識を血肉にする。

夜も最高のご飯を食べて、湯船で汚れを落としたら、ベッドに潜り込んでふわふわな毛布に包まれる。


今日は最高な一日だった。

明日も最高な一日になる。祈りながら目を閉じた。


***

雲雀は聞いた。黙って耐えた。

(長い。長い。ほんとに長いよるりちゃん。)


まさかここまで、しかもストーリー形式で語られるとは思わなかったので呆れてしまった。


さすが、現実より空想に生きる女瑠璃子。


雲雀は話を聞きながら分析する。


(前半が長いのに、後半が雑すぎる。しかも学校の描写が極端に少なく家族以外の人とほぼ関わってない…)


(今まで良い思い出が無さすぎて理想も想像できないのか…?)



(これは、本人の理想の意識から変えないとダメだ…!!)


雲雀は深くため息をつくと頭を抱えた。

瑠璃子はまだ、うっとりと余韻に浸っていた。


「るりちゃんの理想の一日は最高だよ…ただ、しばらくはやっぱり僕が管理するよ」


「なんで?」


「すごいのはそうなんだけど…現実味が無さ過ぎるよ…風船豚が毎日出産したらそれはもう絶滅危惧種じゃない…」


「せっかく考えたんだぞ!ケチつけないで!!」

瑠璃子が不満そうにむくれた。


その時、部屋に誰かが入ってきた。


「瑠璃子…?」


――ビクッ

その瞬間、瑠璃子の身体が跳ねた。


「誰と話してたの?」


――まずい!!

瑠璃子と雲雀は顔を見合わせた。



(落ちつけ、私…!落ちつくんだ…私。)


「えっと…電話で友達と話してたんだよ…?」


「………」

母がジット瑠璃子の瞳を覗き込む。

瑠璃子はヘビに睨まれたカエルのように身を縮こませた。雲雀も青白い全身がさらに真っ青に染める。


次の瞬間、母の顔は瞬く間に険しくなった。


「……嘘だね。」


その、言葉に瑠璃子の心臓が波打つ。

額に冷や汗が浮かんだ。


「理由は二つ。」


「――第一にあんたの手にスマホはない。」


「……ッ!」

瑠璃子のスマホは床に無造作に転がっていた。


「――第二に……」

母は瑠璃子から視線をそらすと少し、間をおいてから応えた。


「あんたに電話するような友達はいない。」


無情な響きが、瑠璃子の身体をえぐるのを、雲雀は見た。


「ねぇ…お母さん、やっぱり思ったんだけど…病院、一緒に行ってみない?」

母は声を落とした。


「…ママは私に病院の預かる所になれって言うわけ…?」

瑠璃子の瞳がゆらゆらと揺れる。

親子の間で鋭い電光が走ったのを、雲雀は見た。

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