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ひとつ懈怠の心、贅肉を滅せよ

一たび懈怠の心が芽生えれば身は堕落する。

故に――滅せよ。


「太った。」

瑠璃子は鏡の前で唇を噛んだ。


――醜い、醜い、醜い、醜い、醜い。

瑠璃子は思わず鏡を叩き割った。


キラキラと空を舞う小さな小さな幾つもの"真実の目"。それらが瑠璃子を見つめながら無慈悲に地面へと降り注いだ。


「ハァ、ハァ、ハァ」

肩で荒く息をする。


落ちた鏡の破片が逃れられない真実を映す。

瑠璃子は叫んだ。


「うぉぉぉぉおおお!!このデブがぁぁぁ!?」


「まったく、よく肥えたね!!私だよ!!おあがり!!」


瑠璃子は窓を開け、木にとまっているカラスへと両腕を広げた。


「かぁ?」

カラスは翼を広げ青空に向かって飛び立った。


「ちっ…振られちまった…」


不貞腐れた様子で瑠璃子は窓を閉めた。

カラスも大層困惑したことだろう。


祝福すべき土曜の朝だというのに、寝不足も相まって瑠璃子は荒れに荒れていた。



餓鬼のような執念と飢えが腹の中に巣くっている。


畜生道は見事繁栄をおさめていた。


白く水膨れた腹の中を割いたらいったいどんなものが出てくるのだろう。


劣等感、懈怠、嫉妬、憤り

この腹の中には瑠璃子の黒い煮きれぬ思いが詰まっている。


高校に入学してから2ヶ月で五キロ太った。

中学までは浅黒く引き締まった身体だった。


ペタンこだった腹も外に出ることが減った今は白く膨れてしまっている。


着痩せするタイプのため普段は目立たないが、

ズボンに腹が乗る。

顔も心なしか丸い。


「へっ、へっ、へっ……」

腹をちょいとつまんだ。

つまむとぷにぷにしておもしろい。


「まぁ、なんてご立派な肉付き!」


瑠璃子がぽんたろうを見て真っ先に思った感想である。

その言葉はそっくりそのまま瑠璃子に返ってきた。


(みなさん、これがカルマです。)

瑠璃子の口から渇いた笑みが漏れる。


このところ、ぽんたろうへの憎しみには同族嫌悪も混ざっているような気がして瑠璃子はならない。


しばらく呆然と自身の腹を見つめていたが、惨めで何ひとつ良くなかったのでクローゼットからスウェットを取り出して着た。 


瑠璃子が腹を隠した瞬間、空気が冷える。

天井から、いや空間そのものから雲雀がにゅるりと顔を出した。


「るりちゃん?正気?」


「いきなり雄叫びあげるなんて……僕、びっくりしちゃったよ」


「あんた、聞いてたの!?じゃあ見えないだけでずっといたってこと!?」


乙女の着替えを覗き見るなど言語道断、許しておけぬ。


「ち、ちがうよ外にいたけど声が聞こえて…」

必死に弁明する。


「はあああ!?外にも聞こえてたの!?」


外に聞こえたとなれば大問題だ。

瑠璃子は苦虫を踏み潰したような顔をした。

それを察して雲雀一言。


「…だいじょうぶだよ、誰もいなかった。」

その言葉で、ほっと瑠璃子は胸をなで降ろ

す。


雲雀の視線が床に落ちている物を捉える。

一面に散った鏡の破片。


(嘘だろ……怒って鏡割ったのか…!?)


瑠璃子の拳に目をやると包帯が鮮やかに赤く染まっている。


どうやら、彼女は常人と感覚が違うらしい血が流れているのに本人は平然としているではないか。


雲雀の無いはずの身がぶるりと身震いした。


「それ、片付けるの自分なんだよ!?」

呆れて声が出る。


「あー、はい分かってる。」

瑠璃子はそそくさとほうきとちりとりを取り出して片付けはじめた。


雲雀は思った。

瑠璃子の部屋に鏡はひとつしかない。

唯一のそれを割るとはいったいどうゆう神経なのだろう。


片付け終わると瑠璃子が口を開いた。

「決めた、痩せる。」

目に見えて自分が変わったという証が欲しかったのだ。


こうして瑠璃子の第一次ダイエット作戦が始まった。

これから地獄のような日々が始まるなど、このときはまだ知らない。


****

階段を降り、居間に行くとパジャマ姿の早苗と目が会う。

「おはよう、お姉ちゃん。昨日のまるぽけ見た?」 

早苗は眠そうにあくびしながら瑠璃子に声をかけた。いつもと変わらないのんびりとした口調。


どうやら早苗は昨日の瑠璃子自殺未遂を知らないようだ。


「早苗、私ダイエット始めたから。」  


「え、あっ、そうなの?」

瑠璃子はそれだけ言うと、早苗に背を向けた。


「まるで、返答になってないよ……おはよう早苗ちゃん。」

雲雀も突っ込みながら瑠璃子の後を追う。


台所に行くと、母が朝食の味噌汁をよそっていた。


母は瑠璃子に気がつくなり、身を僅かに強張らせる。

(……瑠璃子、だいじょうぶなの?目がなんだか赤い泣いてたの?学校ずっと休んでる理由もちゃんと、聞いておけば良かった…。私がもっと気にかけてあげればよかったのに…)


(もしかして…まだ死にたいなんて思ってないよね)


娘になんて声をかければ良いのか分からず、しばし沈黙が流れる。


先に口を開いたのは瑠璃子であった。

「お母さん、私ダイエット始めたから。」



「えっ?そうなの…?」

驚きとともに母から安堵のため息が漏れた。


(良かった…ともかく生きる気になってくれたのね…!!)

ここは母として協力しないといけない。

母は決意を固めた。


「わかった、ママ頑張っちゃうね!」


「今日から、あんたは三食トコロテンよ!!」



「えっ?」







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