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対峙

瑠璃子が見えるようになったのはそれからしばらくしてからだった。


最初は見間違いかと思った。


登下校の帰り道。ふとした瞬間、視界に彼の姿がちらついた。


瑠璃子から200メートルほど先の樹木の陰に彼は立っていた。


最期に病室で会った姿で無表情でこちらを向いている。


彼の双眸は確かに瑠璃子を捕らえていた。


それから、瑠璃子は幾度となく彼をみることになる。


彼を見かける頻度は極たまにだったのが気づけば3日に一度、2日に一度、毎日と…どんどん増えていき、


最後は常に広い空間にいけばいつだって彼を見つけるようになった。


その上彼は少しずつ確実に瑠璃子に近づいて来ている。


瑠璃子は外に出ることができなくなった。


学校もこのところずっと休んでいる。


そして彼は今、瑠璃子の部屋の扉の前にいる。


ベッドから2mほど離れた位置。


毛布越しに彼がいることを確かに感じる。


瑠璃子は思う。


彼は幽玄悪鬼の類なのか、はたまた罪悪感からが作り出した幻妄なのか、


どちらにせよ今の私は正気でない。



瑠璃子はただ毛布の中で震えていた。


人ならざる者の脅威にどう対処すべきか考えあぐねていた。


(このままじゃ、私は殺される。)


自ら狂死するのか、死霊の手により霊界へと誘われるのか、どちらにせよ彼女には確信があった。


(彼は私を恨んでいるのだろうか…彼のことを忘れ去りのうのうと生きていた私を。)


しかし、仕方がないではないか、


まだ自分には彼の苦しみを受け止め寄り添う器量など持ち合わせていなかった。


それに、最後にちゃんと見舞いにも行ったし葬式にも出席した。


なぜこうも恨まれなければならない。


そう思うと、瑠璃子の中に沸々とした怒りが湧き上がってきた。


ここ数日、彼の為に麗しくない日々を過ごしてきた。


この世の理を外れた者が生きる者に干渉するなどあってはならない。


天が許すはずがなかろう、少なくとも私は許さない。


「いいぜ。一緒にメヌエットを踊ってやる。」


そうつぶやくと、 


彼女は勢いよく毛布を剥ぎ取り側にあった消臭スプレーを手にとり死霊と対峙した。


「殺すなら、殺せ。その瞬間今度は私がお前を地の底まで追ってやる。」


雲雀は相変わらず無表情にこちらを見つめている。


青白い肌こけた頬、琥珀色の瞳からは感情が読めない。


昆虫のような何を考えているかわからない不気味さを感じた。


動画の中の花のように微笑み私の手を取った彼とは少しも結びつかなかった。


躊躇う理由は何もない、舞うように大股で一歩を踏み込み、


彼と距離を詰め、勢いよく消臭スプレーを噴出した。


部屋にフローラルなジャスミンの香りが広がった。


雲雀は無表情にこちらを見つめている。

「…。」


瑠璃子は必死にスプレーを彼に吹きかける。


シュッ、シュッ、シュッ部屋には虚しい音が響く。

遂にスプレーは空になった。


「くそぉっ!!」


瑠璃子は空のスプレーを彼に投げつけた。


スプレーは彼を過ぎ去り床に転がった。


瑠璃子はパジャマの上を脱ぎさり、振り回しながら彼へさらに距離をつめようとした。 


より狂っている方が勝つ、そう思った。


その瞬間彼は瑠璃子から距離を取ったのだ。


「…!?」


瑠璃子はまた近づく、するとまた距離を取った。

最低でも1メートルは距離をとるらしかった。


瑠璃子が引くと今度は近づいてくる。


また近づくと離れる。


やはり追われるのは苦手らしい。


「思い出した。あんた、鬼ごっこじゃいっつも最初に捕まってたじゃない。」


今となって急に彼との記憶が蘇ってくる。

瑠璃子は足は早かった。


彼女は鬼ごっこになると必ず鬼をやりたがった。

最初に捕まるといったのは、


彼の足が遅いというより瑠璃子は決まって彼を一番に追いかけたからだった。


どうしても彼を一番に捕まえたかった彼女は、


時にわざと転んで心配して駆け寄ってきたところを捕らえるなど、姑息な手段をつかいつつも、


百戦錬磨勝利を納めていた。



熱い午後の昼下がりだった。

季節は夏、青々とした新緑が生い茂っていた。


近所の裏山の川は子供達の格好の遊び場だった。


その日、瑠璃子は近所に越してきた新しい仲間を連れて川へと案内した。


近所のぼうずどもとは似ても似つかない白い肌、

都会の洗礼された服、賢げな物言い、


大きな柔らかな琥珀色の瞳を瑠璃子は気にいった。


この川に入ることは仲間の一員と認めることである。


いわば子供達にとっての儀式であった。

瑠璃子は当然のように彼に入るよう促した。


彼は一向に動かない。


仕方なく瑠璃子は手本を見せてやろうと服を脱いで飛び込もうとすると、


彼は狼狽えながら顔を真っ赤にし必死に止めに入った。


「そ、そうゆうのは…結婚する人にしか見せちゃダメなんだって!!」


もうすでに何人かの小僧どもが生まれたままの姿ですいすいと泳いでいる。


何をそんなに恥ずかしがると言うのか。


瑠璃子の気は短い。迷わず彼を川に突き落とした。


今、瑠璃子はパジャマを振り回し続けている。


雲雀は相変わらずこちらを見つめてくるが、何もしてこない。


彼は今、私を見ていったい何を思っているのだろう。


はたから見たらどちらが怪異に映るのだろうか。


かれこれ30分は経った。そろそろこの無謀な戦いに決着をつけるべきだ。


瑠璃子はまた服に手をかけた。

より野生に近づくために。


淡い桃色の下着が露わになる。

その瞬間、雲雀の姿は消えた。




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