崖
蜜柑色の水彩が空に溶け、紫雲が浮かび上がっていた。
ロープウェイはゆっくりと昇っていく。
ゴンドラの窓を覗けば、
アカマツの尖った葉に夕陽が落ち、黄金の針が風に揺れる。
瑠璃子達を除いて他に誰もいない。
瑠璃子は窓の外を見つめながら背もたれにもたれていた。
雲雀はにこにこと浮かんでいる
静寂がゴンドラを包みこんだ。
短いようで永遠にも感じられる時間は終わりを告げた。
ロープウェイが緩やかに減速し、金属の軋む音とワイヤーの擦れる唸り声が瑠璃子の耳に届いた。
瑠璃子はふと身をおこした。
スピーカーが到着を告げる音を鳴らす。
「着いたね。」
雲雀が呟いた。
ゴンドラの扉が開き、誰もいない駅のホームに降りたった。
天国崖はここから5分とかからない。
空の蜜柑色は群青に変わりはじめている。
***
強風のヒューヒューという音。
さながら神の息吹を感じた。
「あぁ……」
思わず、歓声が漏れだった。
天国崖から見える景色は美しかった。
紫雲の隙間から溢れた光が木々を暖かく染め上げ、細長い翼に尾羽は二股に割れたリュウオナの群れが金の光を帯びて、風に紡がれるように羽ばたいている。
遠くに見える温泉街の古い町並みは黄金に輝く。そこはまさしく黄金郷だった。
思わず柵から身を乗り出す。
強風が瑠璃子のキャップを風に飛ばした。
「超最高にクールな辞世の句はできた?」
雲雀が軽い調子で語りかけてきた。
瑠璃子は息を深く吸って吐いた。
「……風光る 道の果てにも 我が影よ 」
「歩みし跡に 悔いは一も」
「…るりちゃん!」
雲雀は静かに微笑んだ。
「……違うな。」
「えっ?」
「悔いある。悔いしかない。」
瑠璃子は僅かに目を細める。
「悪いな、気が変わった。」
「私生きるよ。」
雲雀の目を見つめながら、はっきりと言い切った。
「……どうして何でよ?」
「私今日最高に楽しかった。チョッピ食べて、街巡って、さぁやと風呂入って十分満喫した。」
「じゃあ、楽しいまま終わればいいじゃん!この先いっぱい嫌なことあるよ!絶対傷つくって!」
必死に瑠璃子に呼びかける。
「…あぁ、そうだな。」
瑠璃子は目をつむった。
そうしてまた一度息を吸って吐くと目を開いた。
「ずっと思ってた。」
「自分はなんて不幸でかわいそうなんだろう、バカで能力低いし、人に好かれる性格でもないし、この先ずっと辛いだろうなって、生きるに値しないないって。」
「じゃあ、やっぱり!!」
顔は笑っているが、雲雀の声には必死さを帯びていた。
風の音がだんだん強度を増す。
空は既に藍色に染まった。
「でも、違った。どんなバカで悪人でも、飯は旨いし、風呂は暖かくて、世界は一様に美しい。」
「取り柄のないクズだって生きたっていいんだよ。」
――ゴウゴウ
地鳴りのような音が響き、
冷たい風が肌を鋭く突き抜ける。
「おまけに、私は自分の不幸に胡座をかいて甘受しただけだった。そこから変えようとしなかった、努力しなかった。」
「私は確かに石に転ばされたよ。思いっきりね。崖スレスレまでこうして吹っ飛んできたってわけさ。」
「でも、立ち上がることだってできたはずなんだ!それは今からでも遅くないっ!!」
「ふ~ん。」
雲雀の顔から笑みが消えた。
「…話違くない?」
地の底から響きわたるような亡者の冷たい声。
とたんに、強風が先程の比ではないほど強く思いきり吹き抜けた。
「ッ…!」
風が身体を攫う。
飛ばされそうになりながら、瑠璃子は必死で目の前の頼りない柵を掴んだ。




