おちゃめじじい
金山は実在したので黄金峰に訂正します!
「このあとは、どちらに行かれる予定で?」
女将さんがにこやかに微笑みながら瑠璃子の皿を下げていく。
「黄金峰のふもとの温泉に浸かって、そのあとはロープウェイで山頂まで行って…天国崖を観に行くつもりです。」
「天国崖か。あそこは、いいよ。俳句なんかでも詠まれてるんだから。えっと、たしか――」
店主が口を開いた。
――天つ風 春眠破りし 神の眼
「…だったかな。」
瑠璃子の脳裏に、情景が浮かぶ。
夜の名残を僅かに残した稜線に、突如として強風が吹き抜け、雲の切れ目から朝日が差し込む。
大地が目覚めたかのように、静寂が風に破られ、光が世界を貫く。
あたかも旅人は神に見られているかのように錯覚するのだろう。
(…美しい。)
うっとりと息をのむ。
まさしく彼女の最期を飾るのに相応しい場だ。
できることなら、あの句を超える辞世の句を詠みたいものである。
(しかし、私の記憶にはかのような句はない。)
瑠璃子は小首をかしげた。
無学なだけかもしれないが、どうも気になった。
「…その句を詠んだのは誰なのでしょうか?」
さぞ有名な歌人の名が出ると期待して店主に尋ねる。
「……」
「…おれだよ。今、咄嗟に詠んだだけ。」
「どう…?」
やや間を置いたのち、照れくさそうに答える店主。
「はぁ……」
瑠璃子が口をぽかんとしていると、
店主は気まずそうに視線を反らして、頭をかいた。
「おぉ!すごいや店主さん、永世名人だね!!」
雲雀が届くことのない大げさな賛美を言う。
「もぅ、やぁだね、この人ったら!!」
女将さんが呆れたように目を細めると、
とうとう店主は厨房の奥に引っ込んでしまった。
案外、可愛らしい人なのかもしれない。
瑠璃子はそう思った。
「天国崖は景色もきれいだし、最近は簡単にロープウェイで行けるから良いわよぉ。」
そう言っていた女将さんの顔が、陰った。
「ただね…」
声の調子が僅かに落ちる。
「…最近は自殺の名所なんて呼ばれちゃって、まったく迷惑な話よねぇ。」
「わざわざ遠くから足を運んでくる人もいるみたいだし…。死体の後始末にも税金が使われるんだから、少しは考えてほしいわぁ。」
「……」
瑠璃子はまつ毛を伏せ、視線を落とした。
「ごめんなさいね、暗い話しちゃって!!」
それを察した女将さんがすぐに明るい声をつくる。
「やっぱり、人間布団の上で死ぬのが一番よ!!」




