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天国崖まで

霞の駅から白樺駅まで約60km

1550円。


白樺駅から日ノ宮駅まで約25km

590円。


片道電車合計2140円。



帰りはいらない。


流れていく景色の中、初夏の新緑が青青として美しい。

瑠璃子は電車の窓の景色をぼんやり眺めていた。

朝4時から起きたため眠い。

隣に座る雲雀は相変わらずにこにことしている。


火ノ宮の黄金峰のふもとには有名な温泉街がある。

今日の瑠璃子のプランは日ノ宮駅からバスで金木山に行って温泉に入って、美味しい物をいっぱい食べて楽しんだ後、


黄金峰の山頂にある天国崖(山の絶壁から乗り出した岩場)で最期を飾るに相応しい辞世の区を詠むことだ。

ちなみに天国崖までは黄金峰山麓駐車場近くにある山麓駅からロープウェイで20分ほどでゆける。


現在の瑠璃子の格好は下はジーパンに上は英語のロゴがプリントされたTシャツで、髪はおさげの二つ結びにキャップを被っている。


「最期なんだから、もっとおしゃれすれば良いのに。」

朝、雲雀にはそう言われた。

確かに、最期くらいおしゃれするべきなのだが、瑠璃子はもともと服装に無断着なため、おしゃれというものがまるで分からない。


結局、動きやすい適当な服をとってこの格好になった。


せめてもの抵抗として、人生初のメイクにチャレンジしようと、母のメイク道具を拝借して挑んだ。


慣れない手でアイシャドウを引き、口に紅をさし、頰に赤みを加えた。


鏡に映る自身を見て、


「ほぉ。これはなかなか。」 



瑠璃子からしたら納得のいく出来栄えだった。

しばらく、満足して鏡の自分に見惚れていたのだが、横から声が入る。


「やめよう。見るに堪えない。大道芸人?」


雲雀の一言で却下された。


(…こいつ本当に私の妄想か…?)

瑠璃子は心から良いと思っていたので奴の存在に疑念が入る。幻覚より悪霊説が浮上した。


身支度を整えた後、

瑠璃子のリュックに積める物を選ぶ。

先ず全財産一万二千円を詰めた財布。


ついで、温泉に入るためのバスタオル。

着替えは入れなかった。


そして、幼年期の思い出が詰まった宝箱をあの世への共にすることに決めた。


宝箱――クッキー缶の中身を除くと、胸の奥がキュッと締め付けられる感覚がする。


キラキラのシール、小さなキーホルダー――中身は特に対したことのないガラクタばかりである。


その多くについての記憶もぼんやりとしか感じることができないが、代え難い幼年期の残り香だ。   


その中には先日詠んだ雲雀からの手紙が入っていた。


「…あっ」


雲雀はそれを見た瞬間、大きく目を見開いた。

すぐに不貞腐れた顔になった。


「まったく薄情だよ!こんなに出したのに一通も返してくれないなんて!!」


だが、雲雀の口元の口角は心なしか上がっているように見えた。


「ごめん。」

それに対しては素直に謝るしかない。

しかし、宝箱に入れるほど大事にしていたのになぜ当時の私は手紙を開封しなかったのか疑問である。


「家族にはちゃんと手紙書くんだよ。」

雲雀にそう言われて瑠璃子はハッとした。

今の今まで死のうと思ったその瞬間、家族の顔がまるで浮かばなかったのである。


(…パパやママ、早苗は私が死んだ後どんな顔をするのだろうか。)


当然酷く悲しむだろう。

葬式での雲雀の両親の憔悴っぷりが思い出される。

加えて、瑠璃子は常日頃から家族が自分を大切にし、愛してもらえていることを知っていた。


しかし、瑠璃子の決断は変わらなかった。


(本当に自分は薄情だな…。)

家族への想いより自身の苦しみが勝った。

案外、自分はきちんと家族を愛していなかったのかもしれない。

そんな思いさえ浮かんできた。


だが、何ひとつ告げずにこの世を去れば、

家族は一生真相にたどり着けず自身を責め苦しむことになるだろう。


レターセットを机に広げ鉛筆を持った時、

さまざまな思いが一気に押し寄せ、何を書き出せば良いか分からなくなった。


考えた末、一人一人へのこれまでの感謝と瑠璃子がこの世を去るにいたったのは他の誰でもなく自分自身の責任であることを述べた。


「…書き終わったよ。」

手紙の字は最後の方になるにつれ、僅かに揺れていた。


「よし!じゃあ、次は掃除だ。簡単に整理だけはしておきな。」


瑠璃子の部屋はお世辞にも綺麗ではない。

本腰を入れて片付けるとなると日が暮れてしまう。

しかたなく、掃除機をかけてごみ箱のごみを袋にまとめ、換気をした。


雲雀もそれで許してくれた。

たったそれだけのことだったのだが部屋の雰囲気がすっきりとした気がした。



掃除が終わると雲雀がすぐに次の指示を出す。

「警察にあらかじめGmailで時間差で通報しておこう。」


確かに、行方不明となればさまざまな人に迷惑をかけることとなる。


瑠璃子は緊張しながらスマホにメール文を打ち込んだ。

「…これでどう?」

――黄金峰の天国崖下にて10代の女性と見られる死体。


瑠璃子は身元のわかる、スマホや財布を所持する予定のためこれで問題なかろう。

雲雀もうんと頷き納得した様子だ。


送信日時を設定した時僅かに指が震えた。


準備は全て整った筈だ。

時刻はまだ午前6時。

今日は母は早番で5時には家を出た。

父は昨日からの出張でいない。


早苗はまだ寝ている。

最期に一声かけようかと思ったがなんと声をかけて良いか分からなかったため辞めた。



妹の寝顔を見る。

よく眠っているようだ。

「さようなら。」

小さな声で別れを告げた。


玄関にて、靴紐をしっかりと結んで立ち上がる。

ドアを開ける際、後ろを振り向いた。

もう、この家に帰ってくることもないだろう。

生まれてから16年間今日まで過ごしてきた。


「…行ってきます。」

名残惜しさを感じながら瑠璃子は家を出た。



こうして、――瑠璃子の最期の旅が始まったのである。



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