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36.5℃の絶望

いつだって時は動き続ける。


どんな最悪な週でも金曜日の放課後は巡ってくるし、 


帰ってからの母のつくる飯は暖かい。


風呂上がりに食べるスーパーカップは格別にうまく、


布団に潜りこめば、柔らかな毛布が身体を包みこんでくれる。


瑠璃子はこの時間を愛していた。

しかし、幸福な時を過ごす中でも心に暗い影が潜む。


気分転換にテレビをつけると、教育番組がついた。



「わぁ、みんな今日も元気?元気?」

「ぽんたろうと一緒にお歌を歌うよー!!」


――瑠璃子の脳裏にあのデブが浮かんだ。

ぽんたろうの姿があの肥満児と重なって見えたのだ。


「そうか、あれは、ぽんたろう…!」

実のところ、瑠璃子は亀田の名前を覚えていない。

いや、覚える気もない。



彼女の中で敵対者亀田は――仮称ぽんたろうになった。


画面から、

子供達のはしゃぎ声が聞こえる。

「わ~い」

ぽんたろうなる者がふざけた面で不気味に腰を左右に揺らしている。



み〜んなにこにこ、こんにちわ〜

ウ〜

(引きの画)

ワ〜!

(ドアップ)

ウ〜〜

ワ〜!


――ブチッ。


次の瞬間、瑠璃子はテレビの電源を切り、そのまま床に叩きつけた。






瑠璃子の憎むもののひとつに新たにぽんたろうが加わった。



この女にしては、このように悩むことは珍しい。


瑠璃子は嫌な存在のことなど1秒でも考えたくないたちだが、頭に"ぽんたろう"の存在がちらつく。


過ぎ去った過去は潔く忘れるが、ぽんたろうの脅威は未だ過去のものではない。


瑠璃子は全ての闘いにおいて敗北していた。

本当の戦争ならば、すぐに白旗をあげているだろう。


だが、瑠璃子の闘いに終わりはない。


ぽんたろうの狙いは瑠璃子をおもちゃとしてできるかぎりいたぶり続けることなのだ。


瑠璃子は学校に通い続けていた。

ぽんたろうとその一味のために自らの権利を犯すなど、彼女の尊大な自尊心は許さない。


***

しかし、彼女の心は限界に近かった。

朝、起きるとまずやるのは体温計を脇に挟むこと。


ピピッ――36.5℃

平熱。


「…いくか。」


彼女はダルい身体を起き上げ学校の準備を初めた。


当然、仮病を使う気はない。

自らの意思で奴らに屈したと認識するような行動をするわけにはいかないのだ。 


あくまでも、休まなければならない正当な理由が欲しかった。


学校に行くと仮称"ぽんたろう"とその一味を合わせた

――ぽんたろう七人衆がさっそく瑠璃子を出迎える。


ドンッドドンッ、ドンッ、ドンドンドンッ

踏み鳴らせ足!


構えよカメラ!

カシャッ、カシャッカシャッ

巻き起こせよフラッシュ!  


小学生の瑠璃子なら迷わず、ぽんたろうを殴りかかっていただろう。


しかし、成長とともに獲得した理性が彼女を縛る。


その上、数は力だ。

瑠璃子は決して認めはしないがぽんたろう七人衆に恐怖を抱きつつある。


加えて、瑠璃子の中に募った勉学での劣等感が彼女を小さくする。


(ッ…。)

拳を握りしめ、瑠璃子は黙って席に座った。



七人衆の動向。

彼らは、瑠璃子の一挙一動を監視し、その度にやかましい要らぬ諫言をする。


「あの程度の問題も分からないとか、やっぱりちゃんと病院で"ここ"――検査した方が良いじゃないですかね〜」


頭を指さし笑う。


「ギャハハハwww」

七人衆が猿のようにバンバン手を叩く。


「ウヒョーオィー!!!」

両腕を大きく回して、

ぶるんぶるんぶるんぶるんぶるん!!



リズムが乗ってきては楽しくなったのか、

七人衆の一人が「るり子ステップ」を披露。


るり子ステップは偉大なるぽんたろうにより、クラスラインに投稿され、瞬く間にクラスから学年へと広がった。


もはや、瑠璃子はれっきとした有名人の仲間入りである。

***


このところ、小百合もめっきり話かけてくれなくなった。


小百合からしたら、巻き込まれる危険を冒してまで瑠璃子と付き合う動機もないのだろう。


「…。」


瑠璃子は友人と楽しげにお弁当を囲む小百合を自身の席から眺めていた。


(…また、私に笑いかけてはくれないかな。)


お弁当の蓋を開ける。


(やった!グラタン、今日私の好物…)


母が毎日丹精込めて作ってくれるお弁当。


今日のメインディッシュはマカロニたっぷりグラタン。


グラタンは冷めても美味しい。

同じく冷たくなったご飯と一緒に食うのが好きだ。


いつもの瑠璃子なら思わず自然と顔がニヤけるのだが、今日は顔の筋肉が動いてこない。


無理やり笑わせようとしたが、口元が僅かに歪むだけだった。


それを見たぽんたろうの側近、


「あいつ、一緒に飯食う人もいないのかよwww」

声が教室に響く。


他のクラスメイトにも当然聞こえていることだろう。


しかし、庇ってくれるような者はいない。


ぽんたろう七人衆の小賢しいところは、教師がいる前では決してやらないところである。


プライドの高い瑠璃子も教師を頼る気はない。


――下校時

トボトボと歩く帰り道、視界に何かがちらつく。


「?」

見間違いかと、思った。


しかし、再び見る。


いつか見た、病院着姿の痩せた少年。

こちらをじっと見つめる。


200メートルほど先の樹木の陰に彼は立っていた。




(あれは間違いない…あれは、雲雀ではないか!!)


全身に寒気が走る。

瑠璃子は走った。思いっ切り走った。


その膨大な恐怖が瑠璃子を支配する。


悲しみと怒りを瞬く間に忘れさせた。


雲雀との出会いはあるいは救いだったのかもしれない。

学校にいってる間も考えるのは雲雀のことばかり。


奴はどんどん確実に距離を詰めてくるのだ。


ぽんたろうのことや自身の不甲斐無さを考えている場合ではない。


ひとつの恐怖心が瑠璃子の他の全ての苦痛を消しさった。


人間への敗北は決して認めないが、化け物への敗北は致し方ない。


瑠璃子は堂々と仮病を使い学校を休むようになった。


――ここまでが瑠璃子が学校を休むようになった経緯だ。


もうすでに2週間たった。


明日こそ、学校に行かなければ――瑠璃子は絶望していた。


「あは…あはははっ…」

瑠璃子は笑う。

もはや、笑うしかない。


「……。」


「…死のうかな。」 


ぽつりとそう呟く。


「いいんじゃないかな。」

――えっ?


確かに声が聞こえた。

瑠璃子は驚いて雲雀の方を見る。


「僕、嬉しいよ。るりちゃんがこっちに来てくれるなら。」

雲雀はそう言って、にこにこと微笑んでいた。


――その時、瑠璃子は忘れていた恐怖心を思い出した。




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