るり子ステップ
――終焉を告げるもの
大政奉還、ベルリンの壁崩壊、コンスタンティンノープルの崩落、辛亥革命。
瑠璃子の場合はおじいの一声であった。
「今、ここでしようか!」
一瞬で頭が真っ白になった。
気づけば、何の覚悟もできずステージ上に立たされていた。
他の生徒の視線が一斉に集まる。
手の汗で濡れる感覚。
両足がガクガクと震える。
(…一人はこんなにも怖いのか。)
秋保の勇気が、今さらながらに骨に染みる。
最初にテストを受けた時のように堂々と美しく敗れようという気概もない。
背後に鬼畜爺の気配を感じながら震える声で号令をかける。
「…やすめ」
「…き、気おつけ、」
「雲雲体操、用意…初め…」
足を開いて腕を広げる。
瑠璃子の動きが止まった。
(間違えたっ…!)
本当はここで、一度足を閉じなければならないのだ。
開始五秒といかないできごとである。
秋保が完璧に踊りきった後だから尚更恥ずかしい。
ともかく、これで終わる。
羞恥と共に安堵する気分だった。
しかし、鬼畜爺は瑠璃子の肩を叩かない。
――それどころか、
「どうしたの?固まっちゃって、もしかして覚えてないの?」
「だいじょぶ!間違えちゃってもいいから、最後まで通してみよう!」
好々爺らしい、穏やかで優しい声であった。
瑠璃子が半泣きになりながら、鬼畜爺を見つめ無言の訴えを起こす。
爺はにこにこしながら微笑みを返す。
どうやら、意地でも最後までやらせるらしい。
「がんばれ!きっとできるよ!」
「…ありがとうございます。」
口ではそう言ったが、
顔は1ミリも笑っていない。
瑠璃子はその真心に憎しみをもってして応えることにした。
カッと涙目で鬼畜爺を睨む。
爺は尚も微笑んでいた。
瑠璃子が人に明確な殺意を覚えたのはこれで二度目である。
初っ端の失敗でペースが狂った上に、もとより動きを覚えていない。
次の動きすら分からないのにどう最後まで通すというのか。
瑠璃子は記憶を精一杯呼び覚ましながら覚えている動きをそれっぽくデタラメに出力した。
――幸運なる諸君に告ぐ。
諸君は歴史的な瞬間に見事立ち会うことができた。
これが、後に語り継がれる――「るり子ステップ」誕生の瞬間である。
腕を大きく回して、
ぶるんぶるんぶるんぶるんぶるん!!
両足開けしめて、
ダンダッタダンダッタ! ダダダダダンッ!!
右に寄っては左に寄って、
ヨッシャコラショ! ヒョイッ! オットトッ!!
藻掻く姿は溺れる魚のように、蠢く姿は飲んだくれ、顔もやっぱり真っ赤っ赤の酔っ払い。
クスクスという笑い声からやがて爆笑の連鎖に変わっていく。
盛大に吹き出すもの。
笑ってはいけない空気を察して口元を手で押さえるもの。
反応は様々だ。
小百合は誰よりも笑っていた。
(…さすが、柏木さん。やっぱり、最高の女。)
――そっと、懐からスマホを取り出す者が一人。
彼には重大な使命がある。
この歴史的瞬間を記録し、後世に語り継がなければならない。
興奮と歓喜に瞳を輝かせながら、太い指でスマホのカメラを開き録画を開始する――。
瑠璃子はデタラメに暴れまわった後、最後それっぽく深呼吸してピタッと手を足の横に揃えた。
鬼畜爺が拍手しながら、瑠璃子を讃える。
「いやぁ、今のは芸術だったねぇ」
「みんな、頑張って最後まで取り組んだ神谷さんに拍手を!!」
巻き上がる、拍手の嵐。
――生涯この屈辱を忘れることはないだろう。
瑠璃子は拍手喝采を浴びながら、ステージを降りたった。
よく晴れた、春の暖かい日のことである。
――こうして、「るり子ステップ」は誕生した。
公明二十四年、四月三十二日、十一時、
県立凌雲高等学校体育館にて。
証人:一学年一組および一学年二組、体育教師一人による計八十一名。
***
体育が終わり、偉大なる記録者――亀田は緊張の面持ちで動画を確認する。
画面の中の神谷瑠璃子は、見事に暴れ回っていた。
――狙い通り、完璧な撮影。
一人、愉悦の笑みを浮かべた。




