番外編 惜別
途中休憩の番外編です
「ごめんね、ちょっと失礼しますね」
そういって看護師さんが僕のズボンを下ろした。
はじめは恥ずかしくて仕方がなかったが、今はもう慣れた。
ウェットティッシュのひんやりとした感覚が肌をなぞると、僅かに震える。
「はい、おつかれさま。がんばったね!」
そう言って、ズボンを履かせてもらい布団をかけ直して貰った。
「…ありがとうございます。」
小さな声で礼を言うと、看護師さんが微笑んだ。ふと、僕の髪に目線をやる。
「あれ、もしかして髪に何かつけたの?」
「…はい。」
「似合ってるよ、かっこいいね」
その返答に僕は真っ赤になった。
なんだか、3歳児を相手にしているようではないか。
実際、今の僕は3歳児と同じことも満足にできないのだから、反論もできないのだけど。
「今日、ずっと会ってなかった友達が来てくれるんです…だから、ちょっとだけ、おしゃれしちゃった…」
「そう、よかったね!友達も似合ってるって言ってくれるよ!」
「あはは…」
曖昧な微笑みを返すと、看護師さんがそっと立ち上がった。
「じゃあ、今日はめいいっぱい楽しんで!」
「はい」
看護師さんが去り際、少し悲しそうな顔をしたのを僕は見逃さなかった。
***
今日は6年ぶりに幼馴染と会う。
そう思うと嬉しい反面、少しだけ怖い気持ちもある。
成長した彼女はどんな姿になっているだろうか。
色々想像したがどれもしっくりこない。
早くこの目で見てみたい。
ところが、午後になって急に身体に痛みが出てきた。
薬を打ってもらうと、今度は気分が悪くなる。
「お見舞い、断る…?」
母さんが心配そうに聞いてくる。
僕は、迷わず首を振った。
今日を逃したら、きっと二度と彼女に会えない。
そんな気がしてならなかった。
6年ぶりに会った幼馴染――神谷瑠璃子は真面目な女生徒といった印象だった。
金髪になどなっていたらどうしようかと思っていたが、杞憂だった。
あの破天荒な性格から、よく"まとも"になったなと感心した。
しかし、よくよく見るとシャツはシワシワだし、髪がおさげなのも昔と変わらない。
根っこのだらしなさは相変わらずでどこか、安心した。
彼女の方から僕はどう見えているだろうか。
本当は、かっこよく出迎えたかったが、この状態ではどうあってもかっこよく見えないだろう。
「えっと、6年ぶりかな久しぶりだね…?」
彼女が困惑しながら、応える。
――こいつめ、やっぱり僕のこと覚えてない。
(忘れるなんて酷いよ!!)
文句のひとつも言いたくなった。
彼女が、谷さんの家に爆竹を投げこんで、
肥溜めに落ちた事件でも話してやろうと思ったけど…そんな気力もない。
僕に出来たのは、目を細めて彼女を見つめ、口元をほんの少しだけ歪めることだった。
あの頃の思い出、今何してるか、話たいこと聞きたいことはいっぱいあったのに…。
母さんが気を使って2人きりにしてくれた。
それでも、僕は何も言えなかった。
焦った。
このままじゃ、僕の存在が彼女の中から完全に消えてしまう。
どうにか、彼女の中に残りたい。
僕は彼女の方に手を伸ばした。
振り払われるかもしれない。
でも、伸ばせずにはいられなかった。
彼女は狼狽えながらも僕の手を取ってくれた。
優しい。
彼女からしたら初対面と変わらないだろうに。
不意に見せる優しさが好きだ。
沈黙の時間が続く。
母さんが戻ってきたのを合図に彼女は席を立とうとした。
「じゃあね。」
僕は声を振り絞った。
「…また…来てくれる…?」
「はい。」
応える時、彼女の目が一瞬右斜を見た。
――まったく、嘘をつく時の癖まで変わらない。
僕は彼女の手をぎゅっと握りしめ、それから静かに離した。
もう、会うことはないだろう。
けど、最期に顔を見ることができて良かった。
彼女の方も元気そうだ。
この先も、どうにか上手くやっていけるだろう。
僕は、病室のドアを出ていく彼女の背を、静かに見送った。




