再会
カーテンを開けると雲雀がいた。
奴は相変わらずの無表情。
淡い琥珀色の瞳がこちらをじっと見つめている。
瑠璃子はこうなってしまったまでの経験を
想起した。
先月の始めのことである。
「はぁ…」
瑠璃子の口からはため息が漏れた。
どうして、私が…せっかくの日曜だというのに。
瑠璃子は気の向かない足を運び、教えられた番号の病室を訪れた。
瑠璃子は母の知り合いの子供のお見舞いに行くよう言いつけられ、
わざわざ電車に一時間乗って訪れたのだった。
「…今度の日曜、予定空いてるわよね」
母の悲痛な表情と深刻な物言いは有無言わせず従わせる雰囲気があった。
病室を開けると、消毒液と乾いたような甘い匂いが鼻につく。
幾多もの管に繋がれ彼―雲雀は、力なくベッドに横たわっていた。
「瑠璃子ちゃん来てくれたのね。遠いところからわざわざありがとう…!!」
雲雀の母は努めて明るくいったが、眼の下は赤く腫れあがり表情からは疲労がにじめ出ていた。
瑠璃子はどうして良いか分からず、扉の前で固まっていると、
「よかったら、もっと側に行ってやってくれる…?」
そう促されて瑠璃子は雲雀の側へと近寄った。
彼のベッドの周りにはいくつものぬいぐるみが
置かれている。
その中の一つを見て瑠璃子はぎょっとした。
クマのぬいぐるみはひどく汚れ、変色し何度も縫い直した後がありどことなく異臭を感じる。
そのすぐ横の彼の痩せた腕やこけた頬、何もかもが痛々しかったが髪だけは不思議と整っているように見えた。
目は固く閉じられていたが瑠璃子に気づくと薄く目を開いた。淡い琥珀色の目が瑠璃子を見つめる。
「えっと、6年ぶりかな久しぶりだね…?」
問いかけるように話したのは実のところ彼女には雲雀の記憶がない。
彼は瑠璃子をしばらく見つめる。
口を僅かに開いたが、音を発することはなかった。
そうして、彼は白い枯れ枝のような腕で瑠璃子に手を伸ばした。
瑠璃子は困惑しながらも彼の手を握ると、雲雀は弱々しく微笑んだ。
「…ごめんね、私少し買い物に行ってくるわね。」
そう言ったきり彼の母は病室を後にする。
勝手に帰るわけにもいかない。
残された瑠璃子はどうして良いか分からずひたすら手を握り続けていた。
彼の指も力は弱いが瑠璃子の手を握っている。
ひたすら無言の時間が流れる。
ひょっとしたらこの時間に死んでしまいそうな気配さえする。
言いようのない恐怖が瑠璃子を襲う。
40分ほどしてようやく彼の母は帰ってきた。
買い物に行くと言っていたわりに手には袋らしきものは見当たらなかった。
ようやくこの時間から解放される、安心して瑠璃子はイスを立つ。
「じゃあね。」
そう言って彼の手を離そうとした。
「…また…来てくれる…?」
突然、彼はか細い、耳をすませなければ聞き取れないような声で尋ねた。
「はい。」
そう応えると、彼は僅かに力を込めて瑠璃子の
手を握ってから離した。
去り際雲雀の母から何度も頭を下げられた。
「…あの子、瑠璃子ちゃんがくるのずっと楽しみにしてたの。今日は本当にありがとう。またよかったら来てね。」
しかし、瑠璃子が再び訪れることはなかった。
その後、誘いの連絡が一度だけきたが用事があると断った。
別に大した用事ではなかったのだが。
それからほどなくして彼は亡くなった。
葬式には参加した。
大人達に囲まれた棺。
同年代の子供は瑠璃子とその妹の早苗だけであった。
彼の両親は気丈に振舞っていたが、それがかえって痛々しかった。
これまで曾祖母の和やかな楽しげな葬式にしか参加したことがなかった瑠璃子にとって、
この悲痛な空気に満ちた葬式は耐え難いものだった。
棺の中には彼の母が病室で見たあの気味の悪いクマのぬいぐるみを入れていた。
白い百合の花の上に横たわり彼は旅立った。
何を考えていいのか分からないまま瑠璃子は見送った。