返却と自己満足(2)
「エカテリーナ様、この方をとりあえず応接室にご案内いたしましょう。そのあとお部屋に運びますから、別のお体を選んでください。お客様を立たせたままではよろしくありませんし、お話はそこでいたしましょう」
掌の上を舞台に説教を展開するエカテリーナをセバスチャンが諫めると、エカテリーナは簡単に引き下がった。
「ええ、そうするわ」
セバスチャンの手の中でエカテリーナは同意する。
「とりあえずあなた様はお疲れのようですから、こちらで休憩なさっていってください」
そう言うとセバスチャンは彼を招き入れ、他のお客様同様、応接室に案内した。
そしてそこにあるソファーに腰を下ろすよう伝えると、尋ねる。
「紅茶でよろしいでしょうか」
「ありがとうございます……」
彼が答えるとほどなく、焼き菓子と紅茶が提供された。
「私共は少々席を外しますので、そちらを召し上がってお待ちください。私はすぐに戻ります」
「はい」
一人ではなく複数ということは先ほど声を上げたぬいぐるみも含まれるのだろう。
それが自分の探しているぬいぐるみかもしれないと思って握ったけれど、あのぬいぐるみにそんな機能はなかったはずだ。
本当はもう一度確認させてほしいと思っていたが、一度拒絶されてしまっているので、それを口に出すのははばかられた。
とりあえず少し離れるが戻ってくると言っているのだから、戻ってきたら改めて話を聞く方がいいだろう。
彼はセバスチャンの背を見ながらとりあえず出されたお菓子に手を伸ばすのだった。
応接室を出たセバスチャンは、エカテリーナのため、二階の一室に足を運んでいた。
ドアを開けて山となっている人形たちの裾野にエカテリーナを置くと、エカテリーナは自らその小さな体で次の体を探し始める。
ほどなく、薄ピンク色をしたウサギのぬいぐるみを見つけると、とりあえず体を交換する。
そしてその両腕で小さなクマを抱えると、ポテポテと二足歩行で歩いてセバスチャンの足元に戻ってきた。
「またなんともかわいらしいものをお選びになりましたね」
足元に来たウサギを抱え上げてセバスチャンがそう言うと、エカテリーナはセバスチャンを見上げて堂々と言った。
「ええ。さっき小さい子を選んだら握りつぶされかけたから、今回は少し大きめを選んでみたわ。前の人形と同じくらいの大きさの方がなじみやすいし」
大きさが違うと行動が変わってしまう。
体が代わった時点でそうなることはわかっているけれど、それでも大きさが同じならまだその違いも軽微で済む。
それになんとなく、この子に惹かれるものがあった。
だからすんなりと体を決めることができたのだ。
「とりあえず客人の元へまいりましょうか」
胸元の高さで腕の上に座る形になったエカテリーナは、再びセバスチャンを見上げる。
「ええ。あ、この子も連れて行ってあげて。とりあえず彼にこの子との関係を聞いた方がいいと思うの」
そして腕に抱えたクマも一緒に連れて行くという。
そもそも体を好感した方がいいと思ったのは、クマだと握りつぶされるからではない。
このクマが今いる客人と深く関係している可能性が高く、場合によっては外に出すことも考えなければならないからだ。
それに確認の際、クマを彼に手渡すことになるだろうが、その時にどう扱われるかわからない。
クマが動かされた感覚をエカテリーナが共有する必要はないし、彼がどう扱うのか客観的に見るためには別の視点で見た方がいい。
だから最初から別の体に乗り換えておいた方が何かとスムーズに話が進むだろうという結論に至ったのだ。
「かしこまりました」
セバスチャンはそう答えると、クマをエカテリーナに持たせたまま部屋を出た。
「人形じゃなくてぬいぐるみにすると、やっぱり手がうまく使えないわね」
ウサギのぬいぐるみの中にクマのマスコットがいるような非常に愛らしい形となっているが、サイズ的には片手で持てるはずなのに、両手でがっしりと抱えなければならないことを少々不満に思ってか、エカテリーナがそう口にする。
「非常に可愛らしくて、世話のしがいはございますが」
エカテリーナの入っているウサギは普通のウサギより手足が短くて顔が大きい。
典型的なベビーフォルムだ。
そしてエカテリーナが入っていることで手足だけではなく耳も動いている。
思わず撫でたくなる非常にかわいらしい見た目になっている。
「確かに、見た目がかわいい方が世話はしたくなるわよね。そう思って選んだのも確かよ」
セバスチャンもかわいい子の世話の方がいいでしょうとエカテリーナは言うがセバスチャンからすればエカテリーナはどのような姿になってもエカテリーナだ。
だから気にしないのだが、エカテリーナがその子を選んだ理由はセバスチャンのためだけではないことを悟って尋ねる。
「他にもございますか」
セバスチャンに尋ねられたエカテリーナは、その問いが来ることを理解していたかのようにあっさりと答えた。
「これまではリアルな人形だから、お迎えすると怖がられていたように思うのよね。これなら怖くはないでしょう?まあ、話しているものとして認識はされにくいかもしれないけれど」
これまでの人形はしゃべれば口元も多少動いたし、瞬きもできた。
けれどこうしたぬいぐるみだと、瞼やまつげがないのでそう言ったことはできないし、口もあるのかないのかわからない程度で、多少周辺がひくひく動くけれど、すぐに認識されるほど大きく動くことはない。
だから一長一短かもしれないとエカテリーナが言うと、セバスチャンは首を横に振った。
「人形より恐怖は薄れるかと存じますし、初見の者からすれば人形もぬいぐるみもしゃべることが異質ですから、あまり気にすることではないかと思いますよ」
普通の生活で意思疎通して会話を成立させるぬいぐるみや人形は少ない。
そういった機械を埋め込まれたものもあるようだけれど、それはごく一部だし、話には聞いているけれど、ここに来た子の中にはいない。
忘れられたり捨てられたりするような人形は古いものが多いから、そもそもそんな高度な機能が付いていることはない。
けれど現在最新のものであってもいつかは古くなる。
だから、いつかエカテリーナが入っているものと、そういったものの境界があいまいになる日も来るのかもしれないが、今はまだ、エカテリーナの入った人形やぬいぐるみは異質とみなされるというセバスチャンの認識は正しい。
「それもそうね。あと、慣れればそれなりのことはできるようになるはずだから、しばらくはいつもよりお世話をかけるわ」
「問題ございません」
セバスチャンは体は変われど他は変わらない。
むしろ変化があるなら嬉しいと一度立ち止まって自分を見上げているエカテリーナに向かって一礼すると、再び階段を下りるのだった。




