返却と自己満足(1)
「あのフランス人形のいい引き取り先が見つかってよかったわ」
たくさんの人形たちの集まる部屋に入り、次の体を選びながらエカテリーナは言った。
声は聞こえるが実体が見えない状態だが、エカテリーナのいる場所はうっすらと光ったり、近くの人形がかすかに動いたりするので、彼女が山なりの人形の周辺を探っていることはわかる。
そのためセバスチャンは人形の山から少し離れた場所に立ち、その山に向かって話しかけた。
「あのお体は気に入っておられたのではないですか?エカテリーナ様は長いことあの人形におりましたが……」
お気に入りの体を女の子に譲ってしまってよかったのかとセバスチャンが尋ねると、エカテリーナは別にかまわないという。
「そうね。慣れた体を失ったことは大きいけれど、人形としてはいい相手の手に渡って大事にされるのが幸せのはずよ。それにここにはたくさんの子がいるのだもの。私が中にいることを理由に、新しい人形の人生を奪う必要はないでしょう」
「さようでございますね」
セバスチャンとしても急な別れで少し残念に思っているところがあったが、本人であるエカテリーナにそう言われたら切り替えるしかない。
それに、外見が代わっても、エカテリーナはここにいるのだ。
何も問題はない。
「さて、次はどの子に宿ろうかしら……。とりあえず、セバスチャンが身軽になれそうなこの子にしましょうか」
エカテリーナがそう言って選んだのは小さな手のひらサイズのクマのぬいぐるみだ。
もとはキーホルダーだったのか、金具は取れているけれど頭の耳と耳の間に、小さな金具の刺さっていた痕がある。
もしかしたらこの子は、何かの拍子に金具が外れて、持ち主とはぐれてしまった子なのかもしれない。
別に体はいつでも交換できるからと、とりあえずエカテリーナは小さなクマの体を借りることにした。
その小さな体でどうにか人形たちの山の頂に立つと、エカテリーナは二本足で立ち、小さな体についている両手を上げて、それを振って自分の居場所を示した。
無事、セバスチャンに認識されたエカテリーナは彼の片掌に乗せられる。
「セバスチャンは何も使わなくても人間の体になれるのに、どうして私は人形の体を借りないと実体として認識されないのかしら?あなたからは声だけの透明人間みたいに見えるのでしょう?」
エカテリーナは透明人間というが、形が明確ではないので、人間の形をしているかどうかはわからない。
どちらかというと火の玉とかランプの灯という方が近い気がすると、そんなことを思いながら、それをオブラートに包んでセバスチャンは説明する。
「そうでございますね。私はぼんやりとした光としても認識できておりますが、他の方にはわからないでしょう。そもそも明るいところでは、その光に負けてしまうこともありますし」
体を持たないエカテリーナはぼんやりとした光のようなものであるため、それより強い光の下では何も見えない。
この屋敷が少々薄暗いからこそ、エカテリーナは体のない時もセバスチャンに認識されているのだ。
「そうなのね。じゃあ、セバスチャン、この子だと体が小さいから前よりも歩くのも一層遅くなると思うの。いつも通りこのまま運んでもらえるかしら」
とりあえずこの体に入っておくことにするとエカテリーナが言うと、セバスチャンはうなずいた。
「かしこまりました」
そう言うと、セバスチャンはそのまま人形の集まる部屋を出て、エカテリーナの視界を遮らないよう、手の位置を固定して階段を下りていく。
そうしてセバスチャンが階段を下りていると、入口のドアを叩くノッカーの音が館内に響いた。
「あら、お客様かしら?」
「そのようですね。エカテリーナ様はこちらでお待ちください」
「わかったわ」
セバスチャンはそう言うと、エカテリーナを階段の手すりの上に置いて、ドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
そう言ってドアを開けると、一人の少年が立っていた。
「あの……」
そこで口をつぐんだ少年を遠くから見たエカテリーナが二人の様子を見て言った。
「あら珍しい。若い少年がくるなんて」
「そうでございますね」
いつもの調子でセバスチャンとエカテリーナが会話をしていると、エカテリーナの声のする方を見た少年は、セバスチャンの隙間をすり抜けて中に入り、階段の手すりに置かれている手のひらサイズのぬいぐるみに駆け寄る。
「あっ!これ!」
そしてそう言いながら、ぬいぐるみを手に取るなり強く握った。
「ちょっと痛い!痛いわ!」
小さなぬいぐるみの体では、人間の握力の強い少年の手から脱出することはできない。
エカテリーナが声を上げているため、その声は聞こえているものの、少年も手の中のぬいぐるみがしゃべっているなどとは思ってもいないので、あたりを見回しながら困惑した様子だ。
そこに冷静に対応したのはセバスチャンだ。
「お客様、そちらの手の中のものをこちらにお渡しいただけますか」
少年が許可なく家に立ち入ったことは咎めず、まずは彼の手からエカテリーナを取り戻すことを優先しそう言うと、少年は素直にそれをセバスチャンに渡した。
「ああ、これですか、どうぞ」
とりあえず手渡しされたクマのぬいぐるみに、セバスチャンが声をかける。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「セバスチャン、痛かったわ。体を握りつぶされそうになったの。ひどいわ」
そこでようやく声の主がこのぬいぐるみであることに気が付いた少年は、セバスチャンの手の中をじっと見て尋ねた。
「あの、それは……?」
どう見ても手のひらサイズのクマのぬいぐるみなのに、セバスチャンと呼ばれた男と、明らかに普通に会話をしている。
セバスチャンがぬいぐるみの答えに合わせて会話をしているわけではないようなので、このぬいぐるみに何かあるのだろう。
セバスチャンに質問しながらも、視線はずっとクマのままの少年に、セバスチャンは丁寧に答えた。
「この方は館の主でございます」
そう言ってセバスチャンが掌を平らにすると、その上にエカテリーナがすくっと立った。
「そうよ。私が主のエカテリーナよ。それにしてもいきなりこんな目にあうなんて。私もその子もとんだ最難だわ」
短い両手を腰に当てるしぐさをしてそういうエカテリーナだが、見た目が小さくかわいらしいこともあってあまり説得力がない。
けれどその災難を招いたのは自分であると少年は理解してとりあえず謝罪した。
「すみません……」
とりあえず、自分の意思で動けるぬいぐるみなので、いきなり握られたらそういう反応になっても不思議ではない。
なぜそんなものがここにあるのかはわからないし、これが現実であることはまだ受け入れ難いが、少年は一旦、こういうものなのだと自分を納得させることにした。
「まあ、普通はぬいぐるみなんて意思を持って動くものではないから、驚くのは仕方がないけれど、感情を表に出すことができないだけで、この子たちにだってちゃんと意識はあるのだから、これからはもう少し丁寧に扱ってほしいわ。もちろん他の子たちもよ」
「はい……」
なぜか少年は迷い込んだ館で、エカテリーナと名乗る見覚えのあるクマのぬいぐるみに、人形やぬいぐるみを丁寧に扱うべきだと説教されている。
けれど少年にはそのぬいぐるみに説教されても仕方がないことをした自覚があった。
そのためエカテリーナの言葉を甘んじて受け止めていたのだった。




