いつか舞台にもう一度(8)
館にて、エカテリーナとセバスチャンはマサキを見送ると、セバスチャンが静かにそのドアを閉めた。
最近では人形を見送った後、ロビーには三人が残されていたが今は二人。
いつもならすぐに応接室に戻るところだが、久々の感じに思わずロビーに留まった。
「マサキも帰っていったわね。また来ることはあるのかしら?」
ドアの方を見ながらエカテリーナが外に思いを馳せてそう言うと、セバスチャンは抱えたエカテリーナを見下ろして言った。
「どうでございましょう。ここまで長く滞在された人間は初めてでございますし、もしかしたら私のように、あちらと館を行き来することができるかもしれません」
エカテリーナは出られないが、セバスチャンは買い物に出ることができる。
そのため館にあるものは全てセバスチャンが整えていた。
普通なら収入もないのに働いていない状態で生活できないだろう。
しかし館がエカテリーナとセバスチャンがお金に困らないようにしてくれているらしく、彼らが金銭で不自由をしたことはない。
おそらく館が、主となっているエカテリーナに管理人としての給金を、セバスチャンにもエカテリーナの世話や執事としての活動に対する給金を払っている形なのだろう。
気が付けばいつの間にか財布が潤っている状態なので最初は不思議だったが、そこについてもあまり考えないようになった。
館で起こる不可思議なことは当たり前の出来事として、二人は受け止めることにしている。
この館については、もう数えていないほど長い年月を過ごしているエカテリーナやセバスチャンにもわからないことが多い。
だから彼が戻れるかどうかについても、本当は断言できない立場だ。
ただ、フランス人形を持ち帰った女の子が連日通っていたことは事実なので、あくまでその事実をマサキに伝えただけである。
しかし、館が再び受け入れる、マサキがここに来たいと願う、その両方が重ならなければ、マサキはもうここに来ることはないだろう。
「そうね。再会できたら嬉しいけれど、もしそうならなくても、あの子が幸せならそれでいいと思うことにしなければだめね」
「そうでございますね」
少なくとも彼がここに来たいと願わないということは、元の生活をそれなりにうまくやっているということだ。
ならば人形を送り出した時と同じように、喜ぶべきだろう。
そんな話をしてから、二人は応接室へと戻っていった。
応接室に戻り、エカテリーナは定位置の椅子に降ろされると、早速セバスチャンに話しかけた。
「また二人になったわね」
「そうでございますね」
最近では話し相手になってくれたマサキが正面のソファーに座っていたが、今はそれもない。
少し寂しく感じながらもエカテリーナは思い出したように言った。
「マサキの話では、会話を繰り返すうちに、人間らしく対応できるようになるような子が出てきているという話だったけれど、そういう子もここに来るようになるのかしら?」
学習機能で会話ができるようになる人形がいるとマサキは言っていた。
そんな子が来てくれたら、ここで毎日いろんな話を聞けそうだ。
エカテリーナが言うと、セバスチャンは微笑みながらそれに答えた。
「どうでしょう。まだ生まれたばかりでしょうから、こちらに来るのはしばらく先になるのではないでしょうか」
「確かにそうだわ。生まれたばかりならすぐにはこないわね。それに、知能が備わっているのなら、自衛できるようになるかもしれないわね」
生まれたばかりの人形なら、最初の持ち主が飽きて手放すことになっても、次の引き取り手がすぐに見つかることだろう。
もし人気のあるものなら逆に奪い合いになっている可能性もある。
それに人間との会話が成り立つのなら、彼らに意識が宿った時、彼らがそれを言葉にできるなら、きっと彼らは持ち主に言うだろう。
忘れないで、捨てないでと。
「学習能力があるということは、自分たちを忘れさせないよう人形の方が考えて動くと」
エカテリーナの言葉をそう捉えたとセバスチャンが言うと、その通りだとエカテリーナは言う。
「ええ。あとは持ち主に嫌われないようにするとか、きっとそうなっていくのでしょうね」
学習能力も人間の役に立つもの、都合のいい方向で動くよう設計されているらしいと聞いている。
自由意志を持った時どうなるかは、彼らの誰もそうなっていないのでわからない。
しかし、人間と人形がうまくやっていけるようになったなら、いつか館の人形全てが持ち主の元に戻る日が来るかもしれない。
「そうなったら、彼らはもうここを必要としなくなるかもしれませんね」
「そうね。そうなったらここがどうなるかわからないけれど、もし館を離れることになったとしても、何となく、私はずっとセバスチャンと一緒にいるような気がするわ」
「そうであれば嬉しゅうございます」
館の主であるエカテリーナから館を取ったら何も残らない。
そしてその時の自分がどうなってしまうのかもわからない。
けれど何となく、セバスチャンはずっとエカテリーナの横にいる、そんな気がしている。
「まあ、あの数だし、当分先の話だとは思うけれど……」
部屋の人形の山を思い出したエカテリーナが思わずそうつぶやくと、セバスチャンは笑みを浮かべた。
「そうではございますが、先が明るいのは悪い話ではございませんでしょう?」
「そうね。悪くないわね」
そんな話をして、エカテリーナとセバスチャンは顔を見合わせた。
長くいれば色々なことが起こる。
もしかしたらまたマサキがひょっこりと館に現れるかもしれないし、マサキと似た悩みを持つ人が迷い込んでくるかもしれない。
そして人形たちも、行き場を求めてやってくるだろう。
マサキがいなくなってこれまでの日常に戻ってしまったものの、またこういう訪問者が来るかもしれないという期待も生まれた。
それにマサキが話してくれたことはバラエティに富んでいて、この話をしばらく繰り返しても、そこに妄想を加えていっても当分飽きることはなさそうだ。
それにこれまでとは違う学習して会話もできる人形というのも外の世界では生まれているらしい。
喜ばしいことではないけれど、そんな子が来るようになれば、ここは賑やかになりそうだ。
それに人形同士なら話し相手としても申し分ない。
これまでの子たちの話し相手にもなってくれるだろうし、彼らの要望をこちらに伝えてもらえるようになるかもしれない。
マサキのもたらした情報は二人の想像を豊かにするのにとても良いものだった。
そんな振り返りをしながら、二人はいつ来るともしれない訪問者を迎える日を心待ちにするのだった。




