いつか舞台にもう一度(7)
マサキは館を出て日常に戻ってからいくつかのことをやった。
まずは部屋の確認だ。
人形のようなものをきたされた記憶はないので部屋を探しも出てくることはないと思ったが、何となく確認しておくべきだと感じたのだ。
さらに家を見回すが、殺風景なこの家に人形やぬいぐるみのようなものが置かれているわけがない。
それらがあったなら、自分が掃除の時に気が付いていたはずだ。
家の中を不自然にならないよう掃除をするふりをして確認したマサキは、少なくとも自分が彼らのような人形を生んでいないことを確認し安堵した。
そしてマサキは彼のことを覚えていた。
ネットで彼の情報を調べると家から割と近いところに展示されていることが分かったので、早速足を運ぶ。
「お若い方がいらっしゃるなんて珍しい」
彼が展示されている博物館に足を運ぶと、ここを管理しているらしき高齢の男性に入口で声をかけられた。
「あの、詳しいわけではないのですが……」
別の展示と間違えてきたと思われたのかもしれないと考えたマサキが、これを見てきたのですと展示されている内容の表示された画面を見せると、彼はほう、と言いながら息を吐いてから、マサキに言った。
「失礼、それは構いません。興味を持ってくださっただけで。お引止めして失礼しました。もしご質問があればどうぞ遠慮なくいらしてください。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
そんなことがありながらも、中に入ったマサキは、博物館の中を順路通り見て回った。
本当はすぐにでも彼の様子を見たかったが、彼の立ちたいと願う舞台を知るためには、ここにある説明をすべて読むべきだと判断したからだ。
そうして順路をたどっていくうちに、過去に活躍したという人形と、その変遷を説明するコーナーにたどり着いた。
そしてその中にマサキは彼の姿を見つける。
「いた!見つけた!」
思わずマサキはそうつぶやいて張り付かんばかりにガラスに近づいた。
彼はガラスケースに入れられて大切に飾られている。
年季が入ったものだけれど、埃一つついていないのだから、定期的に掃除がなされているのだろう。
同時に彼の舞台で輝きたいという言葉も理解できた。
ただ、彼の話を聞いてしまった後だと、いくら大切に扱われていると言われても、ただそこにある一つのものとして見られているだけだ。
マサキはこの状況を自分で確認し、汚れないよう保護されて置かれているだけで、彼が見てほしい姿で置かれているわけではないとはこういうことかと納得する。
見世物になるのと見世物にされるのは違うということだろう。
彼が劇の中で舞台の上の自分を見てほしいと言った彼の真意を理解したマサキは、とりあえず展示場を出ることにした。
そして、展示の片隅にあるアンケートに、彼の、いいや、多くの飾られている彼らの動いている姿をいつか見たい、ぜひ扱える人がいるうちに、博物館の人形たちを舞台に立たせてほしいと、喫顔に似た要望をきいて投函して帰る。
マサキにできることなどこの程度のことしかない。
でも、これが彼の力に、希望になるなら。
そして願いが叶う一助になるのなら。
この程度のことは容易いと、マサキはそんなことを思うのだった。
それからもう一つ。
出迎え人形に出会ったことで思い出した祖母のところに、今回の不思議な出来事を報告に出かけた。
俗にいう墓参りだ。
とりあえず花と線香、ライターと水を最寄駅近くのスーパーで購入し、それを持って墓地に向かう。
幸い盆暮れ正月、彼岸からは離れた日付のため、墓地に訪れる人はいないらしい。
これならゆっくり手を合わせ、祖母や一緒に眠る先祖に話しかけていても訝しむ人はいないだろう。
マサキはとりあえず手際よく墓の周りを掃除すると、花と線香を供えた。
線香に火をつけると、その煙はまっすぐと晴れ渡る明るい空へと昇っていき、時折通る雲と同化して消えていった。
もしかしたら消えた先に、祖母と大切にしていた出迎え人形がいるかもしれない。
そんなことを思いながら線香の煙を見上げていたが、しばらくして我に返ったマサキは慌てて墓に手を合わせた。
そして今回のことを小声でつぶやきながら報告する。
改めて思い返すと、そんなに日は経っていないのに随分と濃厚な時間をあの館で過ごしたことがわかる。
マサキは人形ではないけれど、あの館に救われた一人となった。
「そういえば、お菓子がなくなったから買い出しに行くって話をしていたな」
それからセバスチャンがお菓子を買いに出る様子は見ていない。
しかしあの館にマサキが滞在している間、クッキーなどの焼き菓子やチョコレートなど、手に取ったら一口で食べられる保存のきくお菓子を紅茶と共にたくさんもらった。
そして館で学んだから紅茶の美味しい淹れ方が身についている。
せっかく少し遠出をしたのだ。
自分のために少し贅沢な紅茶とお菓子を買って、部屋で彼らとの会話を思い出しながら食べることにした。
とりあえず生活が落ち着いたら再び彼らに会いに行こう。
その時はおいしい焼き菓子と、お土産話をたくさん持っていけば、きっとエカテリーナは喜んでくれるに違いない。
セバスチャンだって苦笑いしながらお菓子は受け取ってくれるだろうし、きっと話も聞いてくれる。
まだ相談事はないけれど、それは悪いことではない。
それよりあそこで出された食べ物はどれもおいしかった。
セバスチャンのセンスがいいからだろう。
もし持っていくのなら、彼のお眼鏡にかなうようなお菓子にしたい。
これまであまり気にして食べることはなかったけれど、これからはそういうところに目を向けるのも悪くない。
エカテリーナの言った通り、原因そのものがなくなったわけではないので、させられていることは相変わらずだ。
しかし別のところに意識が向けば嫌なことを考える時間が減る。
その一つに、彼らに持っていく手土産を考える時間があってもいいだろう。
自分が彼らのことを忘れなければ、おそらく再び会えるのだ。
だから忘れないために、マサキは定期的に思い出に浸る時間を作ることにした。
もちろんその時間はセバスチャン直伝の淹れ方で出した紅茶と、焼き菓子を目の前に置き、気分でそれに手を付ける。
そのおかげかマサキが館に逃げ込むことはないまま、時はどんどん流れていった。




