いつか舞台にもう一度(6)
モノとして壊れるからではなく、表に出せないだけで感情を持つ人形たちを傷つけるなど、今の自分は容認できない。
マサキがそう主張すると、エカテリーナは変わらず体をゆすりながら言った。
「それはね、マサキにも同じことが言えると思うの」
「え?」
今の話がどう自分につながるのかわからない。
繋がりそうだけれどそこに一歩足りない。
マサキが目を細めると、セバスチャンが言った。
「マサキ様は忘れられないことの大切さをここで知ったから戻るとおっしゃいました。ですが、もともとここにいらした理由は何でしたか?」
「それは、周囲に利用されて、疲れたから……、ですね」
利用されない環境の居心地の良さをここで知った。
同じことをしても自ら率先して行うだけでこんなに負担が違うのかと驚いた。
戻ってから同じことをする時もここで得た心持ちを精神的な支えにすれば耐えられそうだ。
マサキはそう考えていたが、エカテリーナは体を斜め横に傾けて止まって言う。
「それはまだ解決していないわよね?」
確かに解決はしていない。
自分の心持ちが変わるだけで、向こうの環境が変わるわけではないのだから当然だ。
「確かにそうですね。どちらかと言えば忘れられないためなら我慢した方がいいのかなって思ってしまいました」
彼らに比べたら自分は恵まれている。
それで浮上できると自分に言い聞かせていたが、エカテリーナはまた体を振り子のように動かしながら話し始めた。
「あのね、セバスチャンは、その我慢は必要ないと言いたいのよ」
「どういうことですか?」
マサキが聞き返すとエカテリーナは説明を加える。
「自分の存在を忘れられてもいいとまで思った相手なのだもの、嫌われても問題ないのでしょう?それならば戻ってからも相手の言いなりになる必要も利用される必要もないと思うの。それにマサキには他にも自分を忘れないでいてくれる、味方になってくれる人たちがいるでしょう?」
「それは……」
確かに多くは自分を利用するために近づいてきた人間だった。
けれど中には、困っているのを見かけたら手を差し伸べてくれた人もいた。
ずっと助けてくれたわけではないけれど、その一瞬だけ、彼らは味方だった。
それに祖母のような存在もあった。
祖母も離れて暮らしていたから気付いていなかった可能性はあるし、日常に置いて助けにはなってくれなかったけれど、逃げ場所を提供してくれていた。
彼女だけは自分を他の家族と同じように差別なく扱ってくれたのだ。
改めて思い起こせばたくさんの人が浮かぶ。
そして近くにこんなにたくさんの人がいたのに、そこに目を向ける余裕すらないところまで追い込まれて、ここにたどり着いたのだなと振り返る。
余裕がない間、自分が見えないところで手を差し伸べてくれた人がいたかもしれないし、その手を自分が取れなかっただけかもしれない。
「私たちはいつでも、マサキ様の味方でございます」
「だから、もし、また逃げたくなったり疲れたりしたら、ここに来ればいいと思うわ。あなたがここの存在を忘れないでいてくれたら、ここに来たいと願ってくれたら、またここに来ることができるはずよ」
セバスチャンとエカテリーナが動きを止めてマサキを見る。
「そうでしょうか……」
マサキが二人を交互に見ながら目を泳がせると、セバスチャンが再度説明した。
「実際、先ほどの話にもありました通り、ここに住まう人形に会うため、連日通ってこられた方もいらっしゃいますから、ここを離れたからといって、こられなくなるということはないと思われます」
「そう……なんですね」
祖母の家がなくなった今、新しい逃げ場としてこの館があると思えばかなり気持ちが軽くなる。
けれどここは、先ほどの彼の感じでは自分が本来いてはいけない場所でもあるはずだ。
二人のことは嫌いではないし、また会えたら嬉しいとは思うけれど、本当にそう考えることが正しいのかとマサキは自問自答する。
そんなマサキにエカテリーナは難しく考えることはないといつもの調子で言う。
「だから、一度元の生活に戻るのは構わないと思うわ。でも、我慢の必要もないはずよ。少なくともマサキは抵抗できない人形とは違うのだもの。だからこそ、言いなりになれば、あなたが容認したと相手に思わせてしまうことにもなるでしょう。なにもここで人形たちの気持ちに寄り添うために、あなたまで同じ目に合う必要はないのよ。やりたいようにやって、苦しくなったら、そのお話を手土産にここに来てちょうだい。話すだけで解決の糸口が見つかるかもしれないし、ストレスを発散して気が楽になるかもしれないわ。私たちは外のお話を聞けるのが、ひとつの楽しみになっているのだから。これだけ長くいたのだもの。いつ帰ってきてもいいし、マサキにとってここの存在が必要なくなったのなら戻らなくても問題はないわ」
マサキにそう言った後、そういえば人形のたくさんいる部屋にいる子たちもみんな長くいるから家族かしら、とセバスチャンにそれとなくエカテリーナが確認すると、きちんと良い家に迎えられるよう世話をしているのだから家族のようなものでしょう、むしろエカテリーナ様は孤児院長のようなものかもしれませんよ、などと二人はのんびりと会話を続けている。
そんな会話を聞きながらマサキは自分がどうすべきかを真剣に考える。
逃げ場がある。
帰る場所がある。
少なくとも二人は困ったら自分を再び受け入れてくれるという。
ならばと、マサキはその言葉に勇気づけられて、館から久々に外へと踏み出すことを決意した。
その日の夕食で、マサキはその決意とお礼を二人に伝えた。
そしてこの日は一泊し、荷物を整理してから、翌朝に館を出てみることにする。
けじめをつけて出て行くつもりだが、またすぐに戻ってきてしまうかもしれないけどとマサキが言うと、エカテリーナはどちらでも構わないと言い、セバスチャンはその言葉こそが閉まりをなくしている原因なのではないですかと笑みを浮かべた。
そうして迎えた翌朝、最初にここに来た時のカバンを持ったマサキは、エカテリーナとセバスチャンに見送られ、何度も客を迎えたロビーにあるドアを自ら開いて、外に大きく踏み出したのだった。




