いつか舞台にもう一度(4)
彼の言葉を聞いてマサキが黙り込むと、これまで黙って二人の話を聞いていたエカテリーナが、沈黙を破ってマサキに言った。
「そうね。とてもいいアドバイスだと思うわ。マサキ、あなたの人生はあなたのものよ。最期は自分で決めて、決めたことに責任を持つことになる。私としては、ゆっくり考えて結論を出しても問題ないと思うけれど、その分、あなたの人生の時間が消費されているのも間違いないから、そろそろ人生と向き合ってみるのもいい時期だと思うわ。ここで羽休めをして変わったことも多いでしょう?」
「そうですね」
エカテリーナの言う通りだ。
ここに来てからマサキは変わった。
同じことをするにしてもセバスチャンと一緒にやるのと、周囲に押し付けられてやるのでは違ったし、目線を変えると感じ方も変わるのだということも身を持って体験した。
これまでは、乱暴に扱うことはしなかったものの無関心だった人形たちについての興味も沸いたし、彼らの立場も少しは理解できた気がする。
それが一番大きな変化であり、おこがましいかもしれないが、ここに来た時の自分と比べてかなり大きく成長できたと思う。
マサキが再び考える様子を見せると、エカテリーナは追い出す気はないという。
「もちろん、長くいてもらってもいいのよ?私はここから動けないのだし、お客様は大歓迎だもの。ここまで交流しながら滞在してくれたのはセバスチャンを除いてマサキが初めてだと思うわ。セバスチャンと一緒に仕事までしてくれてるし、一緒に仕事をしてくれる仲間ができたセバスチャンも楽しそうだったし」
「え?」
てっきり迷惑をかけていると思っていた。
教えてほしいと頼んだのは自己満足だ。
確かに嫌な顔はされなかったけど、本当は一人でやった方が早いはずの仕事について、丁寧に説明を加えながら教えなければならなくなってしまったのだから、効率だって下がったに違いない。
その間エカテリーナを一人にしたわけだし、そうすることがセバスチャンの本意ではないと思っていた。
だからエカテリーナが楽しそうだったと言ったことが、マサキには驚きだったのだ。
「セバスチャンはあまり表情を変えたりはしないけれど、マサキといる時は生き生きしているように見えるわ。私だと一緒に仕事をしてあげられないし、覚えたいとか、教えてほしいとか言ってくれる人がそばにいることで、やりがいを感じているのかもしれないわね。もしかしたら普段の、私の感謝が足りないのかもしれないけれど」
頭と耳を横に振りながらエカテリーナが言うと、セバスチャンは慌てる様子もなく淡々と述べた。
「いいえ。エカテリーナ様にはそのままでいていただきたく思います」
「まあ、そうよねぇ」
「はい」
自身の問いに対する答えをエカテリーナは察していたのか話はここで終わった。
セバスチャンもいつものことだと感じているようで返答に変化はない。
これが長く連れ添った阿吽の呼吸というものなのかもしれない。
「私は二人の関係がうらやましいと思って見てますよ」
マサキが言うと、エカテリーナは体を上に伸ばしてマサキを見上げた。
「私もセバスチャンとマサキを羨ましいと思っていたから、同じようなものだったのね」
待っている時間のあったエカテリーナは、やはり二人で掃除などをしている様子をうらやましく感じていたらしい。
マサキが少し申し訳なさそうにしていると、客人の声が響いた。
「隣の芝は青く見えると言いますからなぁ。はっはっはっ!」
そんな話をしていると、エカテリーナが口を閉ざして耳を動かした。
そして言う。
「あら、なんだかんだであなたも呼ばれているようよ」
「そのようですね」
セバスチャンもその気配を感じたらしくエカテリーナに同意した。
マサキにはよくわからなかったが、呼ばれたということで当人もその感覚はあったらしい。
「確かに呼ばれているようじゃな。それにしてもここは居心地がいい。そこの若者の気持ちがよくわかる。私も話を聞いてもらって少し気が楽になった」
思っていても吐き出す場所がなかった。
他の人形にこんな話をすれば、丁寧に扱われて大事に保管されているのに文句があるのかと言われてしまうだけだろう。
しかしどんなに大切にされても、相手がそうしているつもりでも、それが当人の幸せとは限らない。
たとえ相手を大事にしようと扱っていても、本人には苦痛でしかない場合もあるのだ。
そして彼は、その苦痛を何十年、何百年と耐えながら、歴史を直に見つめて生きてきた。
それを否定されることのない場所で、ようやく少し、本音という形で吐き出せたのだ。
吐き出した本音の分、気持ちが楽になったのは必然と言える。
彼がこの館を気に入ってくれたと聞いたエカテリーナは足をプラプラ動かして、嬉しそうに言った。
「じゃあ、また来ればいいわ。一度来られたのだもの。その気になればまたここにはたどり着けるはずよ。私としては外のお茶飲み友達が増えるのは歓迎なの。そちらの人の目がない夜の短い時間でもいいし、次はお友達が一緒でもいいわ」
お客様は歓迎というのはエカテリーナの変わらぬスタンスらしい。
マサキがそんなことを思っていると、彼はまた大きく笑った。
「お嬢さんには叶わぬな。それに必要とされているなら戻るべきだろう。彼らなりに大切にしようとしてくれているし、不要とはされていないのだからな」
彼がそう言うとセバスチャンが動く。
「では私が館の外にお出しいたしましょう」
「おお。手数をかけるが頼む」
彼の答えを聞いてから、セバスチャンは先ほどと同じように彼を抱える。
マサキが慌てて応接室のドアを開けると、セバスチャンはそのままロビーへ行き、一度彼を玄関のドアの近くに降ろすと、彼にぶつからないよう、そのドアを静かに開けた。
呼んだのは展示されていた仲間なのか、それとも展示品を管理していた者なのかはわからない。
しかし人形は展示会場に戻ることになった。
古いものだから必要ではないというわけではなく、古を伝える貴重な資料としては今もなお必要とされている。
その事実はあるものの、資料として展示される日々、同時に舞台に立つことのできないもどかしさ、それが魂をこちらによこしたのだろう。
ちなみに翌日、展示においてトラブルになったという情報はなかったので、彼は展示会場が開き、確認される前に無事に戻れたようだ。
けれどそんな彼の願いがいつか叶う日があればいいと、エカテリーナはそう考えたのだった。




