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人形の館~迷える人間と館の主~  作者: まくのゆうき


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いつか舞台にもう一度(2)

「そちらの若者に聞きたいのだが、こんな、時代遅れの人形が、また舞台に立ちたいなんて夢を見るのは、浅ましいと思うかね」


エカテリーナとの話が途切れたところで、ふと目についたのか彼はマサキに話しかけた。


「いえ、そんなことは……」


マサキが言い淀んでいると、彼は言う。


「だが本当ならば後ろに譲るべきところだと、このような古いものが出てきたら、若者はそう考えぬのかね」


確かにこれまでの人形たちも、持ち主が新しいものを与えられたり、引き取ったけれども扱いに困って厄介払いされた者たちばかりだった。

それを知っているだけに否定することは難しい。

彼の声の圧にも押され気味になってマサキが困惑していると、そこにエカテリーナが助けに入る。


「そうねえ。考え方によってはそうかもしれないわね。何て言ったかしら。最近では老害とかいう言葉があるのでしょう?」


外からの知識としてこんな言葉が流行していると聞いたわと、エカテリーナが客人に堂々と失礼な言葉を口にしたので、マサキが慌てて否定した。


「確かにそういう言葉はありますが、それはあまり謙虚な人には使わないですよ。年齢をかさに着て偉そうにしていたり、そもそも若者の害になってるからそう言われるんです。老害は年を取った人の全員を指すわけではないんです。高齢者が現場に出てくれたら嬉しいと感じる現場だってあるんですよ」


老害ではなく年の功というのもある。

すぐに具体例は浮かばないが、技術的な職人なら、特にそうだろう。

ものづくりは継承者が減っているというし、彼らがいなくなってしまえば、その作り方という伝統は途絶えてしまう。

だからどうにか若者に伝え残そうと、そういう動きが活発になっているのだ。

それと同じように舞台とか伝統文化に関しては、よく知るものが長く現役でいることは悪いことではないのではないか。

長く残っていればいるほど、多くの後進を育てる機会が増えるはずだ。

素人なのでと前置きし、マサキは自分ならそう考えると意見を述べると、そこにエカテリーナが割って入る。


「伝え残すという意味ではそうなのでしょうけれど、そもそも若い人が立つべき場所に自分が立ちたいと、そんな欲を持つことを、彼はおっしゃっているのでしょう?自分がそうありたくないと。だから伝え残される展示という枠ではなく、舞台に戻りたいというのは強欲なのではないかって」


伝統を残すというだけなら、彼は充分にその役割を果たしているだろう。

周囲がそう認識しているからこそ、彼は舞台に立てなくても展示という形で残されている。

エカテリーナがそう指摘すると、彼がそうなんだと理解されたことを嬉しそうに語る。


「お嬢さんの言う通りだ。舞台の場合、誰かが出れば、誰かが役を失うこともある。すなわち若者が表に出る機会が減り、本来であれば交代のできる場所に私が立つこともあり得る。それを若者は成長機会を奪われた、私のようなものが出なければ自分が出られるのにと考えるだろうと、そういうことなのだよ」


改めてマサキにその視点からの再考を求めた彼に、エカテリーナが言った。


「あら、お嬢さんなんて久々に言われたわ。年齢など気にする生活はしていないし、見た目はこんな感じだけれど、私、この館には随分と長く滞在しているのよ」


そう言って耳を動かして、短い腕を腰回りに持ってきて少し胸を張った姿勢をとると、彼は緊張が解けたのか少し笑顔になる。


「それは失礼」


彼の謝罪をエカテリーナは軽く流した。


「まあ、私からすれば人形の時点で気にすることはないと思っているのだけれどね。あなたについても」


エカテリーナが動かしても見えにくい肩をわざわざ大げさにすくめて見せると、彼は眉間に皺を寄せた。


「そうですかねぇ」


体は動かないが表情は動かせる。

彼はここでの意思表現のコツを掴んだのか、それをうまく使い分け始めた。


「それより、生まれ変わりたいのなら、その未練を絶つ方が大切でしょうし、行きたい場所があるのならそこを目指すべきだと思うわ。叶うかはともかく、意思を持っている以上、希望を持つのは当然の権利よ」

「私もエカテリーナ様の意見と同意でございます」


三人で話をしている間に、邪魔にならないよう静かにエカテリーナの後ろに戻っていたセバスチャンが、ここで会話に加わった。

マサキより長く、ずっとエカテリーナの側で、館に来る客人を見てきたセバスチャンにも思うところがある。

仮に未練を残してしまえば本当に不要とされた時、この世をさまようことになってしまうだろう。

その時、再びの館にたどり着けたのなら、自分たちがいくらでも話を聞くことができるが、必ずしもそうなるとは限らない。

ここであったのも何かの縁だ。

いくらでも話し相手になるので、できればこの館で、未練を断ち切ってもらいたい。

縁のあった人形たちの不幸はエカテリーナの不幸と同義。

ならばそれを減らすのは執事の仕事。

主であるエカテリーナの幸せを願うセバスチャンはそう考えているのだ。



「舞台って、いろんな役があるのでしょう。あなたに合う役でなら、また出演することは叶うのではないかしら?」


脚本だって種類がたくさんあるはずだ。

その中に彼が出演できる舞台があるのではないかとエカテリーナが言うと、彼は両方の眉を下げる。


「そこが難しいところなのですよ」

「そうなの?」


これまで多くの舞台に立ってきたのなら、多くの役をもらったはずだ。

その中にできる役が残っている可能性もあるし、新しい脚本の中に、自分を生かせる役が見つかることもあるのではないか。

希望を捨てるには早いのではとエカテリーナが言うと、彼は再び眉間に皺を寄せる。


「この通り見た目は古いが、造りは若者でしょう。私が年寄りになるには、この見た目を老けさせる必要がある。若いままで使ってもらうなら、きれいにすればよさそうなものだが、その手間をかけるなら新しいものでいいと、そうなってしまう。人間なら、年を経れば自然と齢相応の姿になれるが、私たちはそうではないのでね」


中身が古く見た目が若いというのは、非常にアンバランスで、使いどころがほとんどないのだと彼は言う。

年寄りならともかく、若者は、人形であってもハリやツヤは求められる。

古びた素材はどうしても見た目の若さを半減させてしまうし、だからといって造りは変わらないのだから年寄りにもなれない。

言われてみれば確かに難題である。


「年は取らないけど色は褪せるというのはその通りなのよね。それが良い形で好まれる形になっているのならよいのだけれど、多くはそうはならないことは、ここにたくさんの人形たちが集まってしまうことからもよくわかるわ」


人形の魂も色々だ。

ずっと同じ人形に入っているため、ずっと変わらずにある者もいれば、彼のように自分の立場を悟って精神年齢の上がっていくものもいる。

けれど外観の経年劣化だけはどうにもならない。

大切に扱われ修理されたり、着せ替えをしてもらえる環境なら、劣化が目立つことはない。

もちろん、余程のことがない限り、人形の見た目の年齢や性別が大きく変わることもない。

けれど、本体を構成している中の布や素材の色だけは、どうしても褪せてしまう。

どんなに隠していてもそれは見えてしまうものだ。

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