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人形の館~迷える人間と館の主~  作者: まくのゆうき


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いつか舞台にもう一度(1)

出迎え人形を見送って、しばらく変わらぬ平穏な日々を過ごしていると、再び客人が現れたらしき、ことっという音が小さくロビーに響いた。

重厚なカーペットが敷かれているため、普通に歩いている分には音などしないのだが、なぜか来客がそこに来た時にはノッカーの代わりと言わんばかりに音がする。

もしかしたら館が意思を持ってエカテリーナとセバスチャンに知らせているのかもしれないが、すっかり当たり前になってしまったこともあり、二人はあまり深く考えなくなっている。


「お客様が来たようね」

「そうでございますね」


これまたいつも通り応接室にて三人で歓談していたところで、エカテリーナが切り出し、セバスチャンが同意した。

マサキにはわからないが、お客様が来たのなら三人の雑談が終わることはわかる。

とりあえずセバスチャンが目の前のお茶などを奥に下げる。


「マサキ」


その間にエカテリーナは手をパタパタしながらマサキを呼ぶ。

マサキもすっかり慣れて、そうされたら抱き上げて連れて行けばいいのだと理解してエカテリーナを片腕の上に座らせた。


「では参りましょう」

「ええ」


そうしてセバスチャンを先頭に応接室を出た。



出てすぐ、ドアの前、ロビーの階段下にきりっとした顔に吊り上がった目、そこに赤の混ざる化粧のされた人間の子供と同じくらいの大きさの、和服の男の人形が転がっていた。

もちろん階段の下にいるけれど別に階段上から落ちてきたわけではない。

ただこれまでの人形と違って、彼の体の一部は紐でしか繋がっていないようで、自分で体を立てることができないようだ。


「あなたは自分で動けるのかしら?」

「残念ながらそれはできぬ体です」


エカテリーナがマサキの腕の上から転がっている人形を見下ろして声をかけると、人形は体を動かさず、代わりに張りのある声で答えた。

その答えを聞いたエカテリーナはセバスチャンに指示を出す。


「セバスチャン、とりあえずこの方を応接室に運んであげて。椅子があれば座った形にはできるかもしれないわ。整えてからお話を伺いましょう」

「かしこまりました。お客様、失礼します」


セバスチャンは人形に了解を取ると、両手で腰とひざに当たる部分を支えて丁寧に抱えると、そのまま応接室に向かった。

抱えられた彼は体を動かすのは難しい様子であるが、申し訳なさそうに言う。


「ああ、手間をかける」

「いえ、とんでもございません」


ロビーに転がっている人形を運ぶことはよくあるのでセバスチャンとしては気にならないものだが、彼は関係ない者の手を煩わせていることを申し訳なく思っているようだ。



セバスチャンは両手がふさがっているので、エカテリーナを片手に抱えたマサキが応接室のドアを開ける。

開かれたドアからセバスチャンがそのまま中に入り、続いてマサキが入ってドアを閉める。

マサキはそのままエカテリーナをいつもの席に座らせて後ろに控え、先に入ったセバスチャンがとりあえず椅子に座った体勢になるよう体の位置を整えてから奥に入っていった。

セバスチャンが離れたタイミングで、彼の正面に座っているエカテリーナが声をかけた。


「改めて私からご挨拶させていただくわ。私はこの館の主のエカテリーナよ。先ほどあなたを運んだのは執事のセバスチャン、私を抱えていた、今後ろに控えているのがマサキで、二人とも館に滞在しているわ」


エカテリーナが二人の商会をすると、彼は動けないにも関わらず、朗々とした声でそれに答えた。


「ご丁寧にどうも。お初にお目にかかります。まずは早々に、お手を煩わせたこと、また、このように遇していただいて感謝申します」


普通なら頭を下げるところだが、それができないのか、彼は辛うじて動かせる首を小さくうなだれるように下げた。

エカテリーナは動作に関してさほど気に留める様子もなく、彼の言葉に答える。


「それは何も問題ないわ。ここに来る人形たちは大体ロビーに倒れているか、人形たちの部屋に気が付いたら転がっているから、私たちからすればいつものことなのよ。あと言葉遣いは気にしなくていいわ」

「そうですか。ではお言葉に甘えましょう」


こうしてサイズは人間の子供くらいの大きさ、歌舞伎役者のようなメイクをした男性の顔立ち、言葉遣いはどちらかというと高年齢な感じの客人との話は始まった。



「さっそくだけれど、ここはこの世に未練を残して忘れられた人形たちのよりどころのような場所なの。あなたにはその憂いはないようだけれど、どうしてここに来ることになったのかわかるかしら?」


自分で動けないと恐縮しながらもそこに悲観した様子はなく、むしろ堂々とした姿で朗々と語る彼にエカテリーナがその印象をそのまま伝えると、彼は少し考えて言った。


「忘れられたことはありませんが……、強い未練があるからかもしれないですな」


やはり言葉に芯がある。

とても悔恨や未練など感じられない。

聞いている誰もがそう感じる中、エカテリーナは話を続けた。


「そう。未練があるの?何かしら」


エカテリーナが尋ねると、彼は自分の立場について説明する。


「私はこれでも舞台に立ち、多くのお客の前に出る仕事をしていたのですよ。最近では出番もなく、ただ置かれておるんですがね」


仕舞われているわけではなく置かれているというのなら、出番はなくとも忘れられてはいなそうだ。


「置かれているということは、忘れられているわけではないということかしら?誰からも思い出してもらえないとか、見てももらえないとか、そういうことではないのよね」


エカテリーナが確認すると、彼は周囲に忘れられてはいないだろうと言う。


「それはないと思いますな。前の仕事は舞台役者、今の仕事は展示物と言ったところでね。私がなくなったらおそらく管理者はさぞびっくりするでしょうな。閲覧者は少なくとも、時折客人は来るから、全く見てもらえぬということもない」


展示物となってからは、人が来るのを待つばかり。

多くの客の前に出ることはなくなったし、誰も来ないわけではないし、雑な扱いを受けているわけではないが、自分は用済みと言われているような複雑な心境だという。


「じゃあ、大事にされていないわけではないのね?」


舞台に出られなくなっても展示物として管理されている。

だから経年劣化はともかく、他の人形のような損傷がないのかとエカテリーナが納得していると、彼はわかるように大きくため息をついた。


「ある意味では大事にされているとも言えますが、それが幸せか否かは別の話、ということです」


それが彼の未練であり、強い願いでもある。

もしここに引き寄せられるのにそのような理由が必要ならば、それは自分の不幸せという感情の中にあるだろうと、彼は答えた。

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