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人形の館~迷える人間と館の主~  作者: まくのゆうき


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仕舞われた出迎え人形(5)

エカテリーナとマサキがそんな話をしていると、ソファーの方に異変が起きた。

匂いなどはしないが、うっすらとたばこの煙のようなものがゆらゆらと立ち上がっている。


「煙?」


驚いたマサキがその元を辿ると、その原因はソファーの市松人形にあるようだ。

原因はわからないが発火しているのなら一大事だ。

このまま放っておいたら火はソファーに燃え移り、館だって火事になってしまうかもしれない。

原因が分かっているなら消さなければと、マサキは慌てるが、エカテリーナは驚く様子もなく、その煙を見上げている。


「お別れのようね」


エカテリーナのつぶやきにマサキは気を取られそちらを見た。


「お別れ?どういうことですか?火が出てるなら消さないと!」


エカテリーナに言いながら再び市松人形に目を向け慌てるマサキを、セバスチャンが腕をつかんで引き留める。

そうしなければ消火のためにと近くの紅茶などを人形に浴びせかねないと判断してのことだ。

そしてエカテリーナはその様子を見ながら足をプラプラとさせている。


「何も問題ないわ。いっちゃんは、自らお空に還っていくのよ」


まるで草原で雲でも眺めているような言い方だ。

動揺したままのマサキがセバスチャンの方を見ると、セバスチャンも大きく一度首を縦に振った。

そこで少し冷静さを取り戻したマサキはようやく疑問を口にする。


「空に?」


その問いにエカテリーナは即答する。


「煙になって天に昇っていくの」

「それって……」


お炊き上げをされているのだろうか。

マサキが真っ先に浮かんだ答えはそれだった。

お炊き上げも神様のものを、お礼を、そして供養するものを、空に送り届ける儀式のはずだ。

彼女はここに来て何も話さなかったが、ここに来たのだから何かあったはずだ。

できることはないかもしれないが、自分がそれを聞いてあげることができるかもしれないとどこかで思っていたのに、まさか何もできることなくこのような結末を迎えることになるとは想定していなかった。

マサキはこの別れに少なからず困惑した。



もしかしたら自分がお炊き上げを提案した祖母の人形も、今目の前にある人形のように消えていったのかもしれない。

自分はそれを見送ることすらしなかった。

あくまで神社に預けただけで、あとは任せっきりだったので、どうなったのかすらわからない。

ここで見送っている市松人形はちゃんと空に還っていくのだというが、あの子も彼女と同じように空に昇ったのだろうか。

あの人形を手放してからずいぶんな年月が経っている。

だからもう確認する術はないが、そうだったらせめてもの救いだ。

エカテリーナの話す感じでは、少なくとも空に還ることは悪いことではないようだから、成仏してくれていれば、自分の後悔も薄れそうだ。

煙を出す市松人形を見ながら、落ち着いたのと同時に、やや失望気味になって動きを止めたマサキから手を離すと、そこでようやくセバスチャンが言葉を発した。



「市松様はここで一言もお話になりませんでした。つまり体は迷ってここに来てしまいましたが、魂はどこか別の場所にあったのでしょう。そしてその魂が、ご自身で帰る場所を見つけられたのでございます。ですからお体をつれて旅に出られたのです」


憶測でしかないが、もしかしたらこの世に未練が残るかもしれないからという理由で、彼女は一時的に体を館に預けたのかもしれない。

もし持ち主と離れてもやり残したことができたら、この世界に魂を留めるため、この器が必要になると判断したのだろう。

そして魂がここに戻ってきて彼女が動いたり話したりするようになったなら、それはこの世界に未練を残している証拠だ。

そうなればエカテリーナとセバスチャンが話を聞いて今後の相談をすることになるのだが、彼女はこの世界に留まるのではなく、空に還ることを選んだため、身体が魂の方に戻って一つになったのだ。

体を連れて行ったということは、少なくとも彼女に後悔はないはずだ。

ここでの会話はなくとも、とりあえず彼女は自分で行き先を見つけることができた。

それは幸せなことなのだから、突然であっても笑顔で見送るべきだと、複雑な顔をしているマサキにエカテリーナは言う。


「いっちゃんを大事にしてくれた人は、ここではなくて遠い空の向こうに先に行ってしまっていたのでしょうね。無事に出会って大切な人と二人、幸せになれるといいわね」

「そうでございますね」


エカテリーナの意見にセバスチャンは同意するが、マサキは自分の知る人形と彼女を重ねているのか、表情を曇らせた。

そんな会話をしている間も煙は細くゆらゆらと一定量、変わることなく上っていく。

エカテリーナはまだ時間はあると考えて、椅子の上に立って、背もたれを正面にしてそれにつかまりながらマサキを見上げた。


「もしかしたら、ご家族が、マサキのご家族と同じようにお人形を見つけて供養してくれたのかもしれないわ。それが道標となって、あの子の体を導いたのかもしれない。そうならきっと、あの子は幸せなはずよ」


マサキが神社で供養をしたのなら、マサキのところに人形もきっと、大切にしてくれていた持ち主である祖母のところにいるはずだ。

それなら祖母と人形は一緒に、こことは違う世界で幸せになっているはずだ。

マサキは人形を供養したことを後悔しているようだが、それはここに来て何年、何十年、何百年も忘れられているよりずっといいことだとエカテリーナは言う。

だから人形をごみとして処分せず、きちんと供養したのだから、マサキは素晴らしいことをしたのだとエカテリーナはいっちゃんの話を通して暗に伝える。

そして最後にこう言った。


「マサキも、早く戻るべきところに戻れるといいわね」

「はい……」


現在のマサキは、ここに身体も魂もある。

けれど本当はどちらもここにあるべきものではない。

本当は帰るべき場所がある。

そこに戻りたいと本人が願えるようになる日が来ればいいのだが、そのきっかけになるものがわからない。

でもいつか、その憂いがなくなればいいわねとエカテリーナが言うと、マサキは小さくうなずいた。

話が終わると、再びエカテリーナは彼女を見送るのだと自分で器用に椅子に座り直す。

マサキもセバスチャンもエカテリーナ同様にソファーの一店に視線を向けた。

そして煙とともに徐々に全体が薄くなっていく市松人形を、三人で姿が消えゆくまで見守るのだった。

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