忘れられたお嬢様(3)
「エカテリーナ、遊びに来たよ!」
女の子は迷い込んできた日を境に、ほぼ連日この館を訪ねてくるようになった。
「いらっしゃいませ」
セバスチャンの堅苦しい出迎えにも慣れたのか、ひるむことなく挨拶を返している。
「セバスチャン、ありがとう。お邪魔します」
「どうぞ」
セバスチャンがドアを大きく開けると、女の子はためらうことなく館の中に入ってくる。
そして一目散にエカテリーナの待つ応接室へと向かうのだ。
「そういえば、エカテリーナはどうしてお外で遊ばないの?」
女の子の質問に明確な答えはない。
それがなぜなのかエカテリーナもわからないのだ。
ただ、そうしようとすると起こる事象は説明できる。
答えにはならないかもしれないけれどと思いながらエカテリーナは女の子の質問に答えた。
「私はここを出ると動けなくなってしまうの。そしてこの体はただの人形になってしまうわ」
だからここから連れ出してもらっても、ここにいる時のように一緒に遊んであげられない。
もちろんはなしい相手にもなれないし、何かあってもアドバイスをしてあげることもできない。
エカテリーナがそう言うと、女の子はあからさまに落ち込んだ。
「そうなんだ。エカテリーナをみんなに紹介したかったのにな」
どうやらエカテリーナと話をするようになって吹っ切れたのか、学校の同級生とも話ができるようになったらしい。
そうしてできた友人とエカテリーナを引き合わせたいと思ったようだ。
それは女の子の思いやりで、自分が引っ越してもエカテリーナたちが寂しくならないようにという配慮らしい。
「そんなことを考えてくれたのね、嬉しいわ」
エカテリーナが言うと、女の子は首を横に振る。
「エカテリーナはかわいいから、自慢できるもん」
「うふふっ。それも誉め言葉ね」
「本当だよ!」
女の子が強く主張するのをエカテリーナは微笑ましく思いながら聞いていた。
そこにセバスチャンが口をはさむ。
「エカテリーナ様」
エカテリーナがどうしたいのか理解しているセバスチャンが、確認するかのように彼女の様子をうかがいながら名を呼ぶと、エカテリーナはため息をついた。
「そうねぇ。私としては協力してあげたいと思っているのだけれど」
「そうおっしゃると思っていました」
これはまたとない機会だ。
女の子はエカテリーナを、この人形を気に入ってくれている。
この子なら彼女を大切にしてくれるに違いない。
エカテリーナはそう考えたのだ。
「ねぇ。私を連れて行ったらあなたは私を自慢できるの?」
「うん」
自分のものではないけれど、大切な友達だから自慢できると女の子が言うので、エカテリーナは話を続ける。
「それは私があなたとお話しできなくても?」
「うん」
「私は動けなくなるから、ずっとあなたが私を抱えていなければならないけれど、それでも?」
「うん」
エカテリーナの質問に女の子は迷うことなくすべて肯定の返事をする。
そこまでしてくれるのならきっとこの子はこの体を大切に扱ってくれるはずだ。
エカテリーナはそう信じて決断した。
「じゃあ、私をあなたの友達に紹介してもらっていいわ。でもここに返してほしいの。それを約束してくれるのなら、あなたにこの体を託そうと思うわ。たくさん外の世界を見せてあげてくれるかしら?」
別にこの子だって外に出たくないわけではないはずだ。
けれど今はエカテリーナの動ける範囲でしか行動ができない状態になっている。
動けないよりはいいのかもしれないが、これは好機だ。
ここで女の子がエカテリーナを気に入ってくれるのなら、大事にしてくれるのなら、それこそがエカテリーナの幸せだろう。
「いいの?」
最初の話を聞いてあきらめかけていた女の子は、外に連れて行く許可が下りたことに驚いていると、エカテリーナは小さく首を縦に振る。
「ええ。お願いするわ」
エカテリーナがはっきりそう答えると女の子は嬉しそうにエカテリーナを抱き上げた。
「じゃあ、一緒にうちに来て!」
「ええ。連れて行ってちょうだい」
「わかった!」
女の子はそう言うと、エカテリーナを胸に抱く。
「エカテリーナ様をお願いします」
そう言ってセバスチャンはエカテリーナを抱えた女の子をいつもより丁重に送り出したのだった。
「あら、そのお人形はどうしたの?」
人形を抱えて家に帰った女の子に、彼女の母親が尋ねた。
女の子はすぐに答える。
「エカテリーナが貸してくれたの」
「エカテリーナ?」
引っ越してきて近所付き合いの薄い母親からすると、娘の言うことを信じるしかない。
学校に海外の子が来ているとは聞いていないし、異国の人が住んでいるという話は聞いたことがない。
けれどそれは自分がここに馴染んでいないだけだからだと母親は多くの疑問を飲み込んだ。
一報、女の子は、エカテリーナのことを尋ねられたことで饒舌になる。
「エカテリーナはね、このお人形を貸してくれた子の名前よ。近くの大きな建物に住んでてね、セバスチャンっていう人と一緒に住んでるの」
「そうなの」
子供に大きな建物と言われても抽象的過ぎてどの家かあたりを付けることもできない。
逆に否定する根拠もないので、そういう人がいるのだなと納得したことにして母親はその話を聞き流す。
聞いた情報から判断するに、その家はかなりの豪邸のようだ。
だとすると、相手はお金持ちで、きっと高そうな衣装を身に着けた人形をそのまま貸してくれたのだろう。
「今日この子を借りたのはね、この子がかわいいから自慢するためなんだ。明日お友達に
見せてあげてから返しに行く約束をしたの」
よほど気に入っているのだろう。
どうやら娘は友人であるエカテリーナの代わりに、抱えている人形を見せて歩くつもりらしい。
話している内容から持ち主は年が近い子を想定したが、自分で店に行くわけではなく、娘に貸し出すくらいだから、かなり年上、大人なのかもしれない。
そう考えればつじつまがある。
もし相手が子供ならば、娘と一緒に出掛けて、持ち主が自慢するはずだ。
そうしない上に、大切なものを手元から話して貸し出す勇気が出せるのは、それなりに年齢を重ねているからと考えれば自然だ。
「じゃあ、汚したりしないように大事にしなきゃね」
「うん」
とりあえず娘の抱えている人形が借りものであることには違いない。
返しに行くことが決まっているのなら問題はないだろう。
母親はそれ以上追及することなく話を切り上げた。
人形のことを話し終えた女の子は、エカテリーナを抱えて自室に戻る。
そして翌日を心待ちにするのだった。




