仕舞われた出迎え人形(4)
「うちの市松人形は幸せだったんでしょうか。それならよかったと思っていいんですかね」
エカテリーナの言葉で少し落ち着いたマサキが安堵の息を吐きながら客人の方を見ると、エカテリーナは言った。
「ええ。少なくともきちんと供養したのなら、マサキがそれ以上の責任を感じる必要はないわ。そもそもマサキのものではないのだし、処分を決めたのもマサキではないのでしょう?」
「そうですけど……」
確かに祖母の人形の処分を決めたのは両親だ。
自分はその処分方法を調べただけ。
だが、処分方法を調べたというのは、処分に加担したのに等しいのではないかとマサキは思う。
もし両親の、母親の目に付かないところにおいておけたのなら、自分の部屋に置くと言って引き取ったのなら、あの人形はまだ自分の手元にいられたかもしれない。
あの段階で受け取ったところで自分も箪笥の肥やしにした可能性は高いが、もし人形が残っていたのなら、少なくとも祖母の形見の一つを手元に残すことはできただろう。
それにここから戻った後ならば、彼女への接し方も多少はわかる。
いてさえくれたらどうにでもできたのにとマサキが苦々しい顔をしていると、エカテリーナが体を横にゆさゆさと揺らしながら言った。
「マサキ、なにも自分に関わったすべての人形に責任を感じることはないわ。あなたは、あなたの人形を大切にすればいいのよ。それだって、この先、自分の手元に来た子たちにしてあげるだけで充分よ。私だって、ここにおいてあげるという保護はしているけれど、あの部屋にいるすべての人形の人生に責任は持てないもの。だからあの子たちがここに残ることを選ぶなら置いておくし、出て行くと言うなら止めないことにしているの」
そもそも相談せずに勝手にいなくなる子もいる。
あくまでこの館は一時滞在場所なので、そんな子がいても問題はない。
むしろ進路が決まったのならそちらに行くのが正解なので、わざわざ挨拶をしていく必要もないから気にしていないとエカテリーナは言った。
しかし、それは保護している立場での言葉だ。
「だけど、私たちがぞんざいに扱うからこうして迷ってきてしまうんですよね?」
マサキは人形を大切にしなければならない側の人間で、エカテリーナたちとは違う。
ここに滞在している人間が自分しかいないと思うので、人間の代表として考えたら、人形たちが、自分たちの都合で生み出され捨て置かれる状況というのは申し訳ないと思う。
「ぞんざいというか、誰からも思い出してもらえなくなることによって、その世界とのつながりがなくなるから迷ってきてしまうという子が近いわね。あとはよほどの迷いや苦しみ、後悔があるとか……。だからもし、マサキがいっちゃんのことを心の片隅にでも覚えていたのなら、思い出すことがあったのなら、目につくところに置かれていて誰かに認識される状態だったのなら、そもそもマサキの家の子はここに来ていないように思うわ」
「なるほど」
マサキに忘れている期間があっても、目につくたびに嫌だなと母が思っていたのなら、それもまた忘れられていない一つになるのだろう。
それに嫌だとか気持ち悪いと言いながらしまい込んで見えないようにはしたものの、別に壊したり捨てたりしたわけではないので、完全に忘れていたとも言い難い。
その期間も、ここに来ている何十年もしまわれていたという人形たちに比べたら短いものかもしれない。
そもそもマサキより長く祖母に寄り添ってきた人形だ。
年季が違う。
だからここに来なければならないほど、あの人形は追い込まれていなかったのかもしれない。
それでも、マサキは祖母の人形に悪いことをしてしまったという思いを拭い去ることができなかった。
マサキが後悔を抱いている様子を見たエカテリーナはマサキに言った。
「マサキは、おばあさまのことは好きだったのね」
突然の言葉に驚いたマサキは思わず聞き返す。
「祖母ですか?」
「ええ」
祖母のこと、もう亡くなってしまった彼女のことをあまり思い返したことはなかった。
ここに来て市松人形を見て思い出しただけだ。
そして悪い印象は残っていないとは思っていたし、話をしてみて問題なさそうだと実感もできたが、それが好きという言葉にはどうにもつながらない。
「どうなのでしょう……、よくわかりません」
マサキが素直に答えると、エカテリーナは続けた。
「でも、これまでの話では、家族のことをあまり良く思っているようには思えなかったけれど、おばあさまのことは人形のことまで大切に考えていたじゃない」
祖母が亡くなった理由などは知らないが、マサキはそれを受け入れているので、そこについて思うところはないようだが、少なくとも祖母の人形については扱いを後悔しているようにみえる。
誰かの持ち物を大切に思うということは、その持ち主のことを大切に思っているからこそ生まれるものだとエカテリーナは考えている。
だから祖母の人形の扱いに後悔を抱えているマサキは、無意識であっても祖母のことを大切に思っていたはずだ。
「それはきっと、ここに来て考えが変わったからです」
この館に来てから、自分の中で考え方が変化したのは間違いない。
特に人形に関しては、自分から彼らに歩み寄らなければと思うほど、入れ込んでいる。
彼らにも感情があるのだと理解してしまったからなおさらだ。
そして自分が一番近くに感じていた人形が、たまたま祖母の家の玄関先に会った市松人形だっただけだろうとマサキが冷静に答えると、エカテリーナは体を傾けた。
「そうかしら?考えが変わっても、そもそも興味がなければ、大切なものと認識していなければ、思い出すこともないと思うの。だから少なくとも、おばあさまのことは大切に思っていたのではないかしら。おばあさまがご存命なら、もしかしたら、マサキが周囲のすべてから忘れられたいなんて思わなくてすんだかもしれないわね」
普段から頼りにしていたわけではないことは察せられる。
けれどもし、ここに迷い込むくらいの葛藤があったのなら、その時にマサキの祖母が近くにいたのなら、人形を見ていることに気が付いて説明をしてくれる心の優しい方ならば、きっとマサキの異変にも気が付いてくれたに違いない。
そして人間同士だから、マサキがここまで追い込まれる前に対処を考えてくれた可能性もある。
マサキが相談するかどうかはともかく、異変があれば気にかけてくれそうな、そんな人ではないかとエカテリーナが推測すると、マサキは祖母のことを思い出しながら答えた。
「それは、そうかもしれません。祖母になら、相談できたのかも」
きっかけがあれば、話を聞いてもらうくらいはできたかもしれない。
もういない人のことだから言っても仕方がないが、改めて考えてみると、祖母に関しては、そう考えることができるくらい嫌悪感が薄いことにマサキは気が付いた。
「じゃあ、私が彼女の代わりね!」
「それは……」
どう見ても祖母とウサギのぬいぐるみを同等に考えることは難しい。
聞き上手なので、言葉が出てきてしまうということはあるが、自分がうさぎのぬいぐるみを抱いて、祖母に聞いてほしかった悩みを話す光景を想像すると、いたたまれない気持ちになる。
思わずマサキが首を横に振るとエカテリーナは体を弾ませて耳を振りながら言った。
「あら、今の見た目はかわいいウサギさんだけれど、ここにいる年月なら、あなたのおばあさまより長いかもしれないわよ?」
私は見た目より年寄りなのと軽く言うエカテリーナに、マサキは思わず突っ込んだ。
「女性って年齢を気にするものではないんですか?」
その問いにもエカテリーナは気にする様子もなく答えた。
「私はそういう概念がないからわからないわ。でもここにいる年月が年齢と直結するとしても……、そもそも数えていないから正確にはわからないわね」
確かにここで流れる時間はゆるやかだ。
朝と夜はあるし寝たら翌日になっているのだろうが、そもそも時間を細かく気にして動くことはないし、日付に関しては全く考えることがなくなっていた。
自分ですらそうなのだから、主であるエカテリーナや、ずっとそばについているセバスチャンにその感覚がないというのはうなずける。
いつの間にか、自分もここに馴染んで、追われるように過ごす日々からすっかり解放され、他人を気遣えるほど心に余裕が生まれている。
ここに来て変わったことは認識していたが、ここまでとは思わなかったと、自分の変化にマサキは少し動揺するのだった。




