仕舞われた出迎え人形(3)
「うちの市松人形は祖母のものでした。子供の頃にもらって、着せ替え人形として遊んでいたそうで、端切れなどを使って着替えを作ったりとかもしてたらしいです」
マサキが知る人形は、きれいな服を着せられてガラスのケースをかぶせられた状態で飾られていたが、マサキが大人たちの話に飽きて、家の中を歩き回ったりしている中で、人形に目を止めた時、そこを通りかかった祖母に言われたことを思い出す。
「それで、じゃあなんで今はここにいるのかと聞くと、人形遊びを卒業する年齢になってからは、気に入っているから玄関先に飾ってると言ってました。なので遊びに行くといつも玄関の棚に置かれてて、入口を見てるので目が合うといった感じでした。そこに人形があることなんてこれまで意識したこともなかったんですけど、あると認識したら、祖母の家に行くたびに今日もあるなぁって目につくようにもなったんで、それで覚えていたんです」
意識をするようになると、遊びに行くたびに、祖母と一緒に彼女が出迎えてくれているような気持ちになった。
だから他にも飾り物はあったように思うが、それらについては記憶が曖昧なのに、玄関先の市松人形についてだけは明確に覚えているのだ。
「確かにこちらのいっちゃんも素敵なお召し物だし、おばあさまはきっと、大切な彼女にいってらっしゃい、おかえりと言ってほしかったのね」
エカテリーナはこの子ももしかしたら、玄関先で持ち主の見送りや出迎えをしていたのではないかと考える。
少なくともマサキの祖母については当たらずも遠からずだろうとエカテリーナが予測していると、マサキは思うところがあったのか、エカテリーナに視線を向けたまま目を細めた。
「なるほど……、そうかもしれません。実はあとで調べて分かったんですけど、市松人形にはもともとお出迎えのために作られたものもあるそうです。祖母がそれを知っていたかはわかりませんが、考えてみたら昔の人はそういう風習も大切にしますし、知っていたから居間ではなく玄関に置かれていたのかもしれないですね」
玄関にあったのは偶然ではなく必然だったのかもしれないと、マサキは祖母を思い出しながら思い返す。
祖母がこんな話をしたのは、人形に興味を持った人が珍しく、それをお気に入りを目に留めてもらったことが、祖母にとって殊の外、喜ばしかったからかもしれない。
ましてやその頃のマサキは子供だった。
子供は素直で正直な部分が多いし、マサキも例外ではなかったので、嫌な顔をせず純粋な興味を持ったのなら、その気持ちは本物だと、祖母もきっと感じていたのだろう。
「それで、その子はどうして神社に?」
お気に入りならずっとそこに置いておけばよかったはずだ。
彼女の環境が一変した理由は何かとエカテリーナが尋ねると、マサキは顔をしかめた。
「母が嫌がったんです。日本人形って、彼女のように結構リアルというか、迫力があるじゃないですか。それが怖い、家に置いておきたくないと。最初は形見だし、捨てるのはどうなのかって話が出たんです。だから祖母が亡くなってからは、祖母の家の押入れの奥にしまわれてました。そして家の主がいないので、私は祖母の家に行くこともなかったんです。時々母が掃除程度の管理をしていたようですが、その時に片付けと称して見えないところにしまったのでしょう」
もしその頃、今のように雑用を任される年齢に達していたなら、あの家の掃除は自分がやっていたかもしれない。
もし彼女が処分される前にここに来ていたら、自分はそれを阻止していたかもしれない。
しかしもう、すべては終わった後だ。
人形だけではなく祖母の家もすでに残っていない。
それが結末だ。
「じゃあ、しばらく忘れられていたのね」
エカテリーナがマサキの家の人形について確認すると、マサキは我に返ってうなずいた。
「そうなりますね。もしかしたらその間はここでお世話になっていたのかもしれません」
確かに押入れに入れられている間は自分にも忘れられていたはずだ。
誰にも思い出されなかった時間、ここで過ごしていた可能性もある。
それなら少しは他の人形たちと仲良くできて幸せだったかもしれない。
マサキがそんなことを思いながらエカテリーナに言うと、エカテリーナは体を横に振りながら答えた。
「そうかもしれないわね。その後はどうなったの?」
そう先を促されたマサキはそれに応じる。
「それで、祖母の家をどうするかという話になって、結局手放すことになったんで、遺品整理とかしたんです。その時、人形を捨てるってことになったんですけど、呪われたら嫌だけど引き取るのも嫌だという話が出て、調べたら供養できる神社があるということが分かったんで、そこに……」
実は人形の供養について調べている時、偶然、市松人形というものがどういうものなのかという記載を見つけた。
それで玄関先に置かれることが多いということを知ったのだ。
人形にも役割が与えられているのだと。
しかし当時、役に立たない些末な情報と思っていたことを、こんなところで披露することになるとは思わなかった。
何よりその記事を見つけても、関心を持つことすらなかった。
ここにきて、祖母の人形からその役割を奪ったこと、放置したこと、その両方が悔やまれる。
しかしエカテリーナは気にする必要はないという。
「じゃあその子は神社で供養されたか、もしくは必要とされる人の手に渡ったのでしょう。おばあさまがいらした頃は大切にされて幸せだったようだし、供養されたのならきっと魂はあなたのおばあさまのところに向かったでしょうね。もしこの世で必要とされたのなら、もう少し別のどこかで、誰かの役に立つために頑張っているかもしれないわ」
供養というのがすぐにお炊き上げにつながる場合もあるが、場所によっては一定期間飾っておいて引き取り手を探している場合もある。
もしかしたらそこでよいご縁があって、マサキの祖母の人形はまだその家で大切にされているかもしれない。
今ここにその人形がいないのなら、少なくともここに来る理由が彼女にはないということだ。
逆にここまでマサキに意識されている状態でここにいたのなら、その人形はマサキと対面すべく何らかの動きを見せるはずなので、それがないということは、あの人形部屋にも彼女はいない。
長年の経験からエカテリーナがそう断定すると、マサキも確かに見慣れた人形は目に付かなかったなと、視線を上に向け屋敷二階の一角にある人形が山となっている部屋の光景を思い返すのだった。




