仕舞われた出迎え人形(2)
とりあえず三人でエントランスに転がる人形のところまで向かうが、転がっている人形に反応はない。
けれどここに来た以上、彼女はお客様だ。
動けないからといって放置するということはしない。
「セバスチャン、彼女を起こして差し上げて」
「かしこまりました」
エカテリーナが言うと、セバスチャンが失礼、と声をかけて彼女の体を持ち上げる。
それでも反応のない人形を見て、エカテリーナが言った。
「このまま応接室に運んでしまいましょう。あなた、勝手をして申し訳ないけれど、場所を変えるからそのまましばらくセバスチャンに運ばれてちょうだいね」
エカテリーナはそう言うと、セバスチャンは彼女を抱えたまま応接室に向かった。
「マサキ、とりあえず戻るわよ」
「あ、はい」
無反応の人形へのセバスチャンとエカテリーナの対応を呆気にとられながら見ていたマサキは、エカテリーナに急かされて我に返ると、セバスチャンに続いて応接室に戻る。
中に入ると、セバスチャンがお客様の定位置となっているソファーの、エカテリーナの固定席となっている向かい側にいた。
座らせようとしたが足が動かないらしく、立った状態で背もたれにもたれかかる、立てかけられるようにして置かれている。
板などの上なら自立する人形のはずだが、ソファーが柔らかいので、立てかけておかないと転んでしまうから、こういった措置をとっているのだろう。
マサキはそんな彼女を気にしながら、抱えていたエカテリーナを定位置に座らせた。
そしていつもセバスチャンが立つエカテリーナの左後ろの隣、右後ろに立って控えた。
その間にセバスチャンがワゴンでお茶を運んできて、お客様のエカテリーナの前に出すと、マサキの横に控えた。
そして先に控えているマサキの行動を褒めるように小さく首を二回ほど縦に振ると、そこから彼女に視線を戻した。
「とりあえず、いっちゃんと呼べばいいかしら?」
エカテリーナがそう彼女に声をかける。
しかし彼女はピクリとも動かない。
もともと人形なので動かないのが普通だがここに関しては普通ではない。
しばらく待ってみるが何も反応がないことをセバスチャンも心配する。
「お返事がありませんね」
「そうね……。それにこの子、そもそもここに魂があるように感じられないわ」
館に来る客人、人形の大半は忘れられてしまったことに悲しんだり、何かしらの後悔を抱えていることが多い。
しかしたまに、こうした迷子がやってくる。
「ああ、身体だけがここに来てしまったということでしょうか」
セバスチャンがそう言うと、エカテリーナは長い耳を揺らしながら首を縦に振った。
「おそらくだけれど、魂は必要とされている誰かに寄り添っているのかもしれないわ。それか未練のある場所に留まっているかね」
しかしまだ彼女はここに来たばかりだ。
単に意識がないのとは区別がつかないので、しばらくこのまま様子を見るしかない。
どちらにしてもしばらくは彼女を観察するしかないとエカテリーナは考えているが、接客回数の少ないマサキにはいまいちピンとこないらしい。
「その場合、どうなるのですか?」
マサキが後ろから尋ねると、エカテリーナが答えた。
「魂が身体を呼び寄せるか、身体のところに魂が戻ってきて、身体と一緒に旅立っていくかどちらかね。長く滞在するようなら人形たちの部屋にいてもらった方がいいかもしれないけれど、それなら最初から部屋の方に行くでしょうし、少し様子を見るしかないわ」
「そうでございますね」
どちらにしてもすぐに結果の出るものではないという。
マサキには彼らの言う長くというのがどの範囲かはわからないが、とりあえずしばらくはこのままということと、その期間が過ぎたら、彼女が山のようになっている人形の部屋に移動になるということはわかった。
本当は多くの疑問が湧いているが、とりあえず見ていてわからないことは、彼女がいなくなってから聞く方がいい。
色々質問しているところに人形の意識が戻ったら気まずい思いをする気がするからだ。
少しの間沈黙が広がっていたが、エカテリーナがふと思い立ったように言った。
「そうだわ。その間、マサキの家のいっちゃんについて教えてくれない?」
「うちのですか?」
人形にはそれぞれ関わった相手に関する思い出などがある。
置かれた環境が違えば、彼らの考えも違うだろうし、人形にも人格や個性のようなものがあることをマサキは知っている。
なので同じ人形の種類だからといって、自身の関わった人形のことを伝えて参考になるのかと疑問に思ったが、それを察してか、エカテリーナはすぐ、マサキの疑問に対しそうだと肯定した。
「そう。それがこの子の帰るヒントになりそうだもの」
確かに環境によって考え方や感じ方は異なるだろう。
しかし、同じ人形は同年代に作られることが多いし、共通点も多い。
だからマサキのところにいた子の話は、彼女のいた環境に近い可能性が高い。
ならばそこから彼女の背景を探ることも、ここに来ることになった理由もわかるかもしれない。
エカテリーナは理由を説明し、最後に、マサキはご家族とあまり良い思い出がないようだから無理にとは言わないし思い出したくないのなら無理に話す必要はないと付け加える。
最初こそ聞かれたことに答えたが、それが話していて気分の良くないものだと内容から察したのか、傷をえぐらないようにしてくれている。
自分に考える時間を与えてくれているのだと思うが、家庭内にも多く問題があったと理解してくれているようで、そこを言及してくることはなかったのだ。
それが久々に家庭の話になる。
これまでも自分が話をしなければエカテリーナは特に自分について聞いてこなかったのは、きっと自分部屋の配慮だろう。
しかし、幸いにも祖母に関して悪い思い出はないので、話をしたことで気分が悪くなることもない。
「わかりました」
マサキはとりあえずそう答えると、自分の関わった市松人形のことを思い出しながら話し始めた。




