僕のヒーロー(11)
「行ってしましましたね」
二人の出て行ったドアを見てマサキがしんみりとそういうと、エカテリーナとセバスチャンはマサキを見て同意した。
「ええ。幸せになってくれたらいいのだけれど」
「そうでございますね」
言葉と共に二人の視線を感じたマサキは、セバスチャンとエカテリーナを見て、隠しても仕方がないと正直に気持ちを吐き出した。
「少し寂しいです」
これまでの相手ではそんなことは感じなかった。
これもヒーローと一緒にいた変化なのかもしれない。
マサキがそんなことを思っていると、エカテリーナがうなずいた。
「体を共有していたのだから余計にそう感じるのかもしれないわね」
「そうですね。自分の一部が無くなった感じです」
一時とはいえ、出て行ったヒーローの体は自分の意思で動いていたものだ。
今の自分の体が本来のもので、欠損もないはずなのに、マサキの中に違和感が残っている。
きっとそれは、あの体の時の記憶だろうとマサキは名残惜しそうに再びドアの方を見る。
「それなら、自分の一部だけでも別の場所で幸せになれるならよかったのではないかしら?」
エカテリーナがセバスチャンの腕に座って足をぷらぷらさせて言うので、思わずその動きに視線を取られた。
「幸せになってくれますかね」
「あの子はきっと、それを探しに戻るのよ」
「そうでしたね」
エカテリーナたちはここに来た人形の多くを送り出している。
マサキはその様子を少し離れて見ていただけだったので、ここまでかかわったのは初めてのことだった。
彼らの感情に寄り添って、それを理解すればするほど、送り出すのは不安だし、別れが惜しくなるものなのだなとマサキは思う。
でも、マサキの中であのヒーロー以上に特別な人形はそうそう現れないだろう。
「もし、もしも、戻ってくることになったら、その時は……」
もし彼があのヒーローをまた忘れてしまうことになったら、そして、自分とヒーローが再び巡り合うことがあったら、その時は自分と一緒に来てほしいと声をかけたいとマサキが伝えようとすると、みなまで言う必要はないとエカテリーナが続きを口にした。
「あの子の意志にもよるけれど、もし本人が希望するのなら、マサキの子になってもいいかもしれないわね」
「はい。もし戻ってきてしまったら、その時は自分の手であの子を幸せにしたいです」
マサキが自分の決意を口にすると、エカテリーナは足と耳をひょこひょこ動かして言う。
「それがいいと思うわ。でもそのためにはあなた自身が幸せにならないといけないわね」
「あ、難しいですね」
自分が幸せじゃないのに、この館に残っているのに、ヒーローを幸せにできるのかと、居たいところを突かれたマサキは顔を引きつらせる。
けれどエカテリーナではないが戻ってこないのが一番いいし、もしそうなるとしてもまだまだ先の話だ。
それこそ時間に猶予があるだろう。
それまでに自分が幸せになっていたら、晴れて再会すればいい。
あのヒーローなら自分の幸せを一緒に喜んでくれるはずだ。
逆にそうなっていなくても、否定はされない。
マサキにはそんな確信があった。
「次にお迎えが来るのは誰かしら?残っている子たちにも早くお迎えが来てくれたらいいわね」
上の部屋のことを考えたらしく、エカテリーナがそちらに視線を送っているので、マサキも前に見せてもらった部屋のことを思い出しながら言った。
「そうですね。でも人形もぬいぐるみもいなくなってしまったら、エカテリーナはどうするんですか?」
一人を返すのにこれだけの時間と労力がかかっている。
出もいつかは全ての子の持ち主を見つけたいとエカテリーナは言っていた。
しかし本当にそうなったら、エカテリーナはどうなるのか。
マサキが尋ねるとエカテリーナは意味が解らないと耳と体を傾けた。
「どうするって?」
「だって、どこにいるか認識されなくなっちゃうでしょう?」
エカテリーナは現在うさぎのぬいぐるみの中にいる。
もしこの子の持ち主が現れたらエカテリーナはまた別の人形の体を借りるのだろう。
しかしあの部屋から人形がいなくなるということは、借りる身体がなくなるということだ。
そうなったらどうなるのかと尋ねると、セバスチャンがすかさず答えた。
「いえ、私は認識できますから」
ぬいぐるみがなくてもセバスチャンにはエカテリーナの存在が認識できるらしい。
ただ、マサキが認識できないことは否定されなかった。
マサキが目を泳がせていると、エカテリーナが言う。
「そうよ。それに姿は見えなくても、みんなに声は聞こえるみたいだし、なんとかなるわ」
身体を決める前でも話はできたから問題ないとエカテリーナは軽く言う。
「前向きですね」
「だって、私は外に出られないから、ずっとここにいるんだもの。それにまたすぐ新しい仲間が来たり、お客様が来たりするからあまり心配してないわ」
今から気にしても仕方がない。
むしろあの部屋に人形は増える一方で減る気配がないのだ。
そんなことは減り始めてから考えればいいとエカテリーナは言う。
「そっか……」
マサキがそう吐き出すと、感傷的になっているマサキにエカテリーナは言った。
「マサキはこうしてお別れするの、初めてだものね……。でもそのうち慣れるわ!そうと決まったら、次の子を探してみる?」
また同じ大きさの子がいたらいいなぁなどと呑気に口にし出したエカテリーナをマサキは止めた。
「いえ、せっかくですが、この姿で頑張ってみようと思います」
ヒーローに褒められたこの姿でいる方が気が軽いと伝えると、エカテリーナはうなずいた。
「そうね。もしかしたら、この館を出て元の場所に戻る日が来るかもしれないものね。その時、人形達に頼ることはできないのだから、その姿で人と関わる練習しておいたほうがいいかもしれないわ」
「そうですね」
ここを出る。
それこそいつになるかわからない。
さっきから人のことを気にかけているような発言を繰り返しているけれど、本当は自分のことを考えなければならないことは理解している。
そして第三者のことを考えていることで、自分が現実から目をそらしていることもだ。
けれどその回り道も、エカテリーナは悪くないという。
「すべてが今すぐに起こることではないのだもの。焦ることではないのだから、ゆっくりここで過ごしていればいいと思うわ。ここでの経験も無駄にはならないでしょう」
「すみません」
人形たちは迎えに来てから短時間で人生の大きな決断を行っている。
なのに自分は彼らの言葉に甘えて、いつまでも結論を先延ばしにしている。
楽しいと言ってもらえているとはいえ、お世話になっている身だし、迷惑をかけている事実は変わらない。
思わず謝ると、エカテリーナは体を横に動かす。
「謝ることではないわ。あなたが今回のことで得ることがあったのなら、人形になったのも無駄ではなかったということだもの」
「そうですね。本当に、試してみないとわからないことはあるみたいです」
今回の経験は自分を一回り大きくしてくれたと思う。
別れは寂しいものだが、そう感じられたのも、人形に対する心境の変化があったからだと思うと感慨深い。
「そうだわ。あの子はいなくなってしまったけれど、大きい方は残っているのだから、もし今回のことを忘れそうになったら、そちらの中で生活するといいと思うわ」
確かにぬいぐるみのヒーローは持ち主のところに戻ってしまった。
けれど彼にはヒーロースーツがある。
あの子に入れてあげるのは無理でも、そちらは使えるのだから、ヒーローにはなれるとエカテリーナが提案すると、マサキはそれを固辞した。
「それは、しばらく遠慮したいと思います」
これも経験の差かもしれない。
エカテリーナの切り替えの早さに、マサキは思わず苦笑いしたのだった。




