僕のヒーロー(10)
「なるほど、そうか……」
ぬいぐるみだから持ち主のヒーローであるべき。
そう言われてしまうとマサキも納得するしかない。
「だからまたあの子が困ったら寄り添えるよう、寂しくてもあの子を近くで見守ってみようかなって思う」
ここを出たらもう誰とも会話はできない。
もちろん持ち主ともだ。
そして持ち主の彼が成長し、大人になったら、また自分の存在は不要になるかもしれない。
それは彼が成長したということだから、そうなってしまったら仕方がないけれど、それを飲み込んだ上で、今の彼が自分を必要としているのなら、彼のヒーローになるためついていこうと決めたのだという。
「寂しいのに近くで見守るなんて、かっこいいな。とても真似できない芸当だよ」
見た目じゃなく、心意気がヒーローだとマサキが言うと、ヒーローは手をバタバタ動かして主張する。
「そうかな。でもこんなポクに寄り添ってくれたマサキの方が、よっぽどかっこいいと思う。マサキこそ、ボクにとってのヒーローだよ」
ヒーローに自分のヒーローだと言われたマサキは、そんなものには遠く及ばないと否定する。
「こっちは、キミを利用してただけだよ。人形の気持ちを理解したいから、人形になるために体を貸してくれって、エカテリーナの助力があってのこととはいえ、勝手に使ってたわけだし、それだけじゃなくて、身体を借りてる時に話もたくさん聞いてもらった。思えば自分のことばっかりで、キミに何も返せてない」
まだまだ時間はあると思っていた。
ここでの時間は流れが遅いし、自分が気持ちを整理するのに急ぐこともないと言われていたし、エカテリーナたちの生活を見て、そういうものだと勝手に思っていたけれど、それはあくまで彼らの中での話だった。
もちろん、エカテリーナが自分をいきなり追い出すようなことはないだろうし、自分がここにいることを許されている時間はまだ長くあると考えられる。
けれどこのヒーローとの共存には、隠された時間制限があったのだ。
それが突然のことだったこともあって、マサキが少し後悔を口にすると、ヒーローは思い悩むことはないと言う。
「そんなことないよ。マサキが一緒だったから、館の中を移動したり、エカテリーナとセバスチャンともお話ししたりできたんだよ。実はあの部屋にいる時はね、ずっと他の子たちと一緒にいて、それはそれで安心感はあったんだ。仲間がいるって。だけど、でも、ボクにはまだ帰れる場所があるから、もう一度頑張ってみようって思ったんだ」
人形の山になっている部屋に残っている仲間たちは、仲間といないと不安らしい。
彼らは忘れられた者同士ということもあって、互いを思いやることができる。
同じ境遇にいるのは自分だけじゃないんだと知ることで、悲しみを共有したり、昇華したりすることができる。
そして頻繁に仲間が増えるのだからなおさらだ。
実は、せめて彼らとここで存在できるようにと、皆が皆を忘れないよう意識できる環境を自ら望んで固まっている。
山になりたいわけではないが、部屋を分けられると人形があの部屋に戻ってしまうのはそのためだ。
しかしそのことはエカテリーナすら知らない。
こちらから知らせなくても、彼らなら人形たちの嫌がることはしないだろうし、この気持ちを共有できるのは仲間たちだけの特権だ。
それがあるだけでヒーローは館の仲間ともつながり続けていけると思っている。
決意のこもったヒーローの言葉を聞いてもマサキの手はヒーローから離れない。
そろそろ連れて行かなければと二人の会話にエカテリーナが割り込んだ。
「マサキ、あなたがこの子の中で動いていたから、持ち主に思いが伝わってこの子を見つけてもらうことができたってことのようね。本当は持ち主のところに帰ることを諦めていたから、思い出してもらえて、帰ることができて本当に嬉しいのだと思うわ。マサキには本当に感謝しているって、さっき持ち主にもそう伝えていたもの」
「はい」
セバスチャンによって、ヒーローを見下ろし名残を惜しむマサキの膝の上に降ろされたエカテリーナは、ヒーローの横に立ち、下から見上げて声をかける。
「だから、喜んで送り出してあげましょう?」
「はい」
エカテリーナに言われて返事をしたものの、やはり気になったマサキは先ほど遮られて言えなかった言葉を口にした。
「でももし、もしダメだったら……」
「その時はここに戻ってくればいいのではないかしら?」
マサキの心配そうな声に対し、それに答えるエカテリーナはあっけらかんとしたものだった。
「そうなったら、ここに戻れるかな?」
ヒーローの方にも不安がなかったわけではない。
思わず自分から聞いてしまったヒーローに、エカテリーナは向き直って言った。
「ええ。でも一番は、あなたがあちらで皆と一緒に幸せになることだから、私たちのことは気にしなくていいのよ」
「うん。ありがとう。行ってくるよ!」
もし何かあっても戻ってこられる場所がある。
ヒーローにはそれだけで充分な安心材料だ。
それならば心置きなく館を離れることができる。
ヒーローの明るい声にマサキは小さくため息委をついてから言った。
「お別れすると思うと寂しいけど、大事にしてくれる人のところにいたほうがお前は幸せだよな」
「今までありがとう。マサキのおかげで、こうしてセバスチャンやエカテリーナと話せるようになったんだよ」
二人の会話を聞いたエカテリーナが短い手でマサキの膝と仮面のぬいぐるみをポンポンとなでると、マサキは二つを大事に胸に抱えた。
「ごめん、もうちょっとだけこうさせて……」
マサキはそうして涙を隠して、仮面のぬいぐるみとの別れを惜しんだ。
とりあえず客人を応接室で待たせている。
だからいつまでも別れを惜しんでいるわけにはいかない。
きりがないからとセバスチャンがマサキに声をかけると、マサキも先ほど来たのが小学生くらいの子供だったことを思い出し、腕を緩めた。
知らないところに迷い込んだ小学生に心細い思いをさせるわけにはいかない。
マサキが二人を抱えて立ち上がると、セバスチャンがエカテリーナは自分がといって受け取る。
そしてヒーローはあなたからお返ししてくださいと、先を歩くセバスチャンを、マサキは慌てて追いかける。
迎えに来た持ち主は、セバスチャンが連れてきた人が増えたことに驚いていたが、ヒーローを抱えているのがマサキだったこともあり、彼こそヒーローが挨拶をしたいと言っていた人だとすぐに理解したのか、持ち主がマサキにも緊張した様子で挨拶をした。
マサキが彼にヒーローを託すと、二人はマサキたちにお礼を伝えて館を出て行った。
そうして無事に仮面のぬいぐるみを送り出した館には、うさぎのぬいぐるみのエカテリーナと、セバスチャン、人間の姿を保っているマサキ、そして、お迎えを待つ人形やぬいぐるみたちが残されたのだった。




